(29)もういや…悠のお世話
いったい何人分の料理を作るのかと思うほどの食材を、冷蔵庫に押し込んだ。
本当に麻矢さんが帰ってくるまで、私が食事作るのかな…
料理を作ることは、全然苦ではない。
どちらかといえば、事務職より楽しくできる。
専業主婦…頭の脳裏をよぎる言葉。
そんな日がこの私にも来るのだろうか…
握ったお玉に写る自分の顔を見る。玄関の覗き穴から見たらこんな感じなのか…
自分の顔。四コマ漫画のオチみたいな…男にフラれた丸い顔。
はぁぁぁ…。
「お玉持って、なんの溜息?それ」
うわっ、びっくりした…
後ろに悠が立っていた。
「早く作れよ、腹へりまくりぃ~。あっ、俺ちょっと社長のとこ行って来んね」
本気らしい。
本当に私は麻矢が戻るまで飯炊き女になるらしい。
麻矢が帰って来るまであと十日間ほどだし、悠だって仕事が入っている。
飲みにも出かけて夜居ない時の方が多いはず。
まっ、3日間くらいかなぁ?ちゃんと食べるのは。
そのぐらいなら、いっか!
☆☆☆☆☆☆
……結局、悠は仕事以外の日はずっと家でゴロゴロ状態。
私は毎日、昼ごはんを作り、部屋の掃除と洗濯をし、夜ごはんを作っていた。
仕事のある日は起こしに行き、悠のお世話は大変だった。
脱ぎっぱなし、出しっぱなし、ほったらかし…わがまま放題。
時々メンバーも来て同じように暴れて、部屋をメチャクチャにして帰って行った。
いままでは、この部屋に入るときは麻矢に招待されて来ていた。
ゴミ一つ落ちていない。いつもきれいな部屋。
麻矢さんは、お店を仕切りながら、悠のお世話もしているのか…尊敬。
早く事務所の仕事だけに…戻りたい。
早く帰ってきてぇ~~麻矢さ~ん。
私は毎日、麻矢の帰国を待ち望んでいた。
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「お待ちどうさま!」
彩香が鼻歌まじりに、俺の目の前にチキンライスを置いた。
彩香が作るチキンライスが、おいしくて、俺は何度もリクエストしていた。
明日には、麻矢が帰ってくるから、最後の夕食はこれにしてもらった。
麻矢が戻ってくる日を心待ちにしている彩香は、うれしそうな顔だ。
「彩香、なんかうれしいの?」
「ん?べ・つ・に!」
と、人差し指をクリクリッと回し、顔は笑っている。
「麻矢が戻ってきても、麻矢がいない日はメシ作れよな」
「んぁ?」
やっと俺から解放されるという喜びの顔から、ポカンとした顔になった彩香は、
持っていたスプーンをポロリと落した。
「じょ、冗談でしょ!麻矢さんが旅行の間だけの約束でしょ?」
「そんな約束してないじゃん。俺、社長にもちゃんと了解得てるし、給料上げてやる
って言ってたぜ!給料――!」
俺は麻矢が帰って来るまでなんて約束はしていない。
彩香の顔は引きつっているが、「給料UP」という言葉がきいたのか、何も言わなく
なった。
俺がチキンライスを完食し、サラダを食べていると、ポツリと彩香が言った。
「ねぇ、ニンジン入りチキンライス…おいしかった?」
そう言うと、片方の口角だけ上げ、ニヤリと笑った。
今度は俺が、フォークをポロリと落した。
「ざ、ざけんなよー!彩香!!俺はニンジンアレルギーだって言っただろ?!」
「アレルギーなんて出てないじゃん。おいしいおいしいって今まで散々食べておいて。
ただ単に嫌いなだけなんでしょ?ふん!ガキッ!」
今まで食べたチキンライスには、全てニンジンがすり下ろして入れられていた。
ケチャップの赤さでわからなかった…
彩香の言うとおり、俺はアレルギーでも何でもない。
ただのニンジン嫌いな男だ。
それ以後、チキンライスの日は、俺も彩香と一緒にキッチンに立ち、監視している。
ニンジンが入っていても入っていなくても、チキンライスの味は変わらない。
だから、ニンジンなんてなくてもいい。




