(28)スーパーへ…
「彩香、メシ作って…」
事務所のPCで街造りのシュミレーションゲームに勤しんでいると悠から電話が来た。
「え、なんで?」
「おまえ料理得意だって言ってただろ?俺、はら減った」
「あのねー、わたくし!今!お仕事中です!」
「おまえ、どうせ、暇なんだろ?ゲームでもしてんだろ?」
「……」
なんで、わかる…。
隠しカメラ?!
受話器を持ちながらキョロキョロと辺りを見渡していると加山が声をかけてきた。
「どうしたの?」
「悠が…昼飯作れって…」
「ふふふ、じゃ行って作ってきてあげなさい。麻矢は恋人と南フランスだから
最近の悠いつも外食とかコンビニで栄養偏ってるし、彩香ちゃん料理得意でしょ?」
「ええーー!…」
(おーい、返事しろよーーー、なにやってんだよ!!)
受話器の向こうから悠が叫んでいる。
うなずく加山の顔を見ながら「今、いきます…」弱弱しく返事をした。
「早く来いよ、すんげー腹減ってんだよ、死にそうだぜ!俺!」
「の、わりにはお元気なお声で…」
「---」 悠の電話はガチャッと切れた。
「メシ作りにここに来たんじゃないのに…」
「彩香ちゃんも悠のところで一緒に食べてきなさい」
加山に言われ、しぶしぶと席を立ち、トボトボと4階に向かった。
―――おもしろすぎる!あの二人!
加山は顔には出さず、心の中で笑っていた。
チャイムを鳴らすと、悠が出てきた。
「早く作れよ」
「はいはい、わかりましたよ…」
ふてくされながらリビングに入った。
あぁ、なんか部屋がグチャグチャだし。
……エロい本も、ほったらかしだ。
キッチンに行き、冷蔵庫を開けた…
「……はぁ…」
これじゃ何も作れない。
「なーーーんもないんですけど…ビールとシャンパンと水?」
麻矢が旅行に行く前に、ちゃんと冷蔵庫の中身を補充していったはずなのに、
家を空けて3日目ですでに、何もなくなっている。
メンバーが来て、勝手に飲み食いした無残な結果がこれだ。
悠の私生活がいかに、麻矢におんぶに抱っこしているかが良くわかる状態だった。
「で、何が食べたいの?」
「うまいもん!」
悠の頭を叩いた。
「暴力反対!ってんだろ、いつも!」
「じゃ、買い物行って来るね。これじゃ何にも作れないから…」
「俺も行くよ」
はぁ?悠は芸能人。
事務所スタッフだからといって仕事以外で二人で歩くのは問題ありでしょう?
「私一人で行くから大丈夫よ。何が食べたい?」
「スーパー行ってから食いたいもん考えるからさ、一緒に行く」
なに言っちゃってるのかしら、この子は…
「ヤバイから、一緒にスーパーとか、ヤバイから!一人で行くわ」
「どうしてヤバイんだよ。大丈夫だよ。地元だし、知ってる人だって多いし。一緒に行く」
「あのね、そーゆー問題じゃ…」
「ちょっと、待ってろ!着替えてくるから」
わ、わがまま…すぎる。
事務所の加山に買い物に行く旨を伝えて、悠とスーパーまで歩いた。
悠はやはり目立つ。
道行く人が振り返る。
初めて会った駅の改札で傘を貸してくれたとき、私も思ったもん。
「カッコイイ」って…。
麻矢とのツーショット、最高にステキなカップルだった。
でも麻矢は別の恋人がいるんだよね…どんな彼氏なんだろう。
悠よりカッコイイのかなぁ。
…カッコイイ悠と歩いている私…
ただ買い物に行くだけだけど、並んで歩いちゃいけない気がしてきた。
悠の隣にはやっぱり、麻矢レベルの綺麗な女性がいなければ世間が許さないよね…
私『どひんしゅく女』じゃん…
ヤベヤベ…少し離れて歩こう。
「いっ?」
いきなり悠に腕を掴まれた。
「いっ?じゃねーよ。どこ向かって歩いてんだよ…あぶねーなぁ」
目の前には電信柱が建っている。
あと2歩ほどでぶつかるところだった。
いろいろ考えながら歩いているうちに、道の端っこに突き進んでいたようだ。
「外科にでも行って触角つけてもらってくれば?」
「え″!…そんなことできるの?」 真面目に聞いてしまった。
「……で、できるわけねーだろが!」
悠が呆れて溜息をつく。
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彩香…ありえない天然。
人間に触角なんて付けられるわけねーだろ…
というか、なぜ電柱に吸い込まれるように歩いて行ったんだ?
マーキングしにいく犬か?
どこかに激突されても困るし、車にひかれても困る。
幼稚園児と一緒だ。いや、幼稚園児のほうがよっぽどしっかりしている。
こいつは保育園児並みだ。
俺は掴んでいた彩香の腕を手に繋ぎ直し、引っ張るように歩いた。
彩香はまた何かを考え始めたようで、歩くスピードが落ちている。
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……なんで手つないでるんだろう。
並んで歩いていることすらヤバイのに。
手…?
私は、つないでいる手を上に持ち上げた。
「どうして、手、つないでるの?!」
「…あぶないから。彩香どこ行くかわかんないし、他人に迷惑かけたら大変だから…」
あぁ、そういうことね…老人扱いね…ふ~ん…
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彩香は何をどう納得したのかわからないが、俺と手をつないでいることに違和感が
ない様だ。
女に腕を組まれたり絡まれたりすることは多いが、女と歩く時、俺の手はいつも
ポケットの中だ。
手をつないだのは高校生のとき付き合っていた彼女以来だ。
それも自分からつないだのは……初めてかもしれない…
俺たちはそのままスーパーまで行った。
あっ、俺…女と二人でスーパーに買い物なんて…初めてかもしれない。
母親とはあるけど、麻矢ともあるけど、二人とも女の部類には入らなし…
彩香との初めてづくしに、少しばかり顔がニヤけた。
スーパーに入ると、若い女の子たちにジロジロ見られ、彩香も周りの視線が気に
なったのか、変なことを言い出した。
「よし!私はマネージャーのフリをする!」
「ぁあ?んなこと考えなくていいよ…」
「佐久間くん!何が食べたいんだね?!好きなものを言いたまえ!!」
いきなり彩香は偉そうに大きな声で、俺に向かって言った。
「……あのさ、上から目線だし、余計に目立ってるから。俺よりお前の方が…」
「えっ?!そう?そうなの?!!」
彩香は真顔のまま、キョロキョロとまわりを見渡した。
おいおい、ふざけてたんじゃねーのか!真面目にやってたのか、今のサル芝居!
俺は彩香を見て可笑しくなった。
ほんとにかわいいや、こいつ。…っていうか、へたすりゃ、まぬけ?
少し飛んじゃってる?危ないヤツ?
俺…どうしてこんなヤツが、かわいいって思うんだろう…
自分でも不思議だった。
カートを押して店内を回り、俺は好きなものを、あれこれと入れていった。
なぜか楽しい、スーパーなのに…
彩香がカートの中に、ニンジンを入れようとしていた。
「うわっ!これは止めろ。俺、ニンジン嫌ぃ、じゃなくてアレルギーあるから!」
「はぁ?……ふ~ん、そうなの」
彩香に怪訝な顔をされたが、ニンジンを奪い取って元の場所に戻した。
「だから!いらねーんだよ!」
「あっ、俺これ食いたい。これも~」
「悠!…こんなに買ってどうすんの?腐らせて終わっちゃうよ。もったいないよ?
お昼こんなに食べれないでしょう?」
母親みたいな口調で言われた。
「夜も作れよ。俺が家に居る日は、昼も夜も彩香が作れ」
「ええー。私仕事があるでしょ?それにご飯作るのなんて仕事内容に入ってないし」
「じゃ、俺、吉田さんに言っとくから。彩香はメシ焚きの仕事も増えましたって」
「なんでぇ?夜ご飯なんて私のプライベートはどこに行っちゃうのよ。私だって友達と
食事に行ったり、あっ!デートだってあるのに」
男にフラれて相手もいないくせに、よくデートとか嘘こけるよなぁ。
「よけいなこと言ってないで早く来いよ、マネージャーさん?」
俺はそう言い、カートを押しながら彩香の手を引っ張った。




