(27)涙のあとは
車の前で待っている俺の所に、すがすがしい笑顔の彩香がやって来た。
「おまちぃ~」
よくもまぁ、こんなにコロコロと変われるものだと感心する。
俺が運転席側に立っていると、車のロックを外した彩香が言った。
「悠は後部座席よ。吉田プロの大切なボーカルなんだから」
「いいよ!!俺が運転するから!!」
俺は必死だ、彩香にキーを渡した加山を恨んだ。
「ダメです!万が一の時、困ります」
「万が一って…彩香が運転した方が、万が一の確率が高いだろ!」
「ん?あぁ?あっ、大丈夫大丈夫~気にしないで。とりあえず、後ろに!」
俺は無理矢理、後部席に乗せられ、薄ら笑いの彩香に不安になりながら、シートベルトを
しっかり締め、しっかり握った。
無事に局に着いたが、生きた心地はしなかった。
仕事前に疲労感があふれ出た。
そして、彩香と一緒に控え室に向かった。
長い廊下を歩いている途中、俺の顔を覗き込む彩香の顔が、微笑む。
「やっぱ、悠ってカッコイイんだね~」
「えっ?な、なんだよ急に」
俺の心臓はドキドキ鳴りっぱなしになる。
「だってさぁ、局の中の女性スタッフみんなに振り向かれて、見つめられたり
してるしさぁ」
廊下ですれ違うスタッフの視線なんて意識をしたことがなかったが、彩香に言われて初めて気がついた。
「俺…モテる体質?生まれつきだからしょうがないだろ?」
「何、それ、自慢してんじゃないわよ!」
彩香が俺の頭を叩いた。
「っ痛!なにすんだよ。おまえが言ったんじゃないかよ、先に」
「……」
また俺の頭を叩いた。
「あっ、テメーこの暴力女!」
今日は何回こいつに叩かれているんだろう。
俺は彩香の首に腕を回し、頭を叩き返した。
「なにすんのよ~離しなさいよ、ちょっとー!乙女に対して暴力反対~」
「どこの誰が乙女なんだよ!」
麻矢もそうだが、どうしてこう女は「乙女乙女」と強調する。
俺の中の乙女とは、ハイスクールまでの女子なのだが。
廊下でじゃれ合う俺たちを、少し先の控え室のドアからメンバーと相楽が頭だけを出して見ていた。
「あー、なんかいつもの悠くんじゃぁないですねぇ」
「女にあんなことしている悠を初めて見ましたねぇ」
「これは…ちょっと…って感じですかねぇ」
「悠も芽生え始めましたかねぇ」
四人は深くうなずきニンマリとした。
控え室のドアから見ているメンバーに気づき、俺は彩香から離れた。
彩香は相楽を見つけ「無事に悠くんをお連れしました!」元気よく敬礼をすると、
「ごくろうさんでありましたー」相楽も彩香に敬礼をした。
なに…その挨拶。吉田プロっていつから軍隊になったんだよ。
相楽もなぜか彩香ペースに巻き込まれている。
「じゃ!私の任務は終了しましたので帰ります!」
「あっ、収録見ていけば?」
「そうだよ、どうせ事務所帰っても仕事ないんでしょ?」
キヨと亮の言葉に彩香の顔が曇った。
「…なんで…わかるの…私の仕事がないということが…」
彩香が目を潤ませながら落ちこんだ。
仕事がお茶酌みと雑用で忙しさにバラツキがある。
みんなが一生懸命仕事をしている中、自分だけボーっとしながら、お給料を貰うことに心苦しさを感じていると、麻矢に話していた。
「え!いや…べつに…なんとなく。なっ!キヨ?」
「ほら!吉田プロ音楽部は、いつも暇じゃん?なっ!誠?」
「そ、そうだよ、暇な会社なんだよなぁ~音楽部は特に!なっ!悠?」
「なんせ、所属バンドがゴーディオンだし!」
フォローにもなにもなっていない、みんなのフォローが空しい。
「いいんじゃないのか?勉強のために収録を見るっていうこともさ。
自分の事務所のバンドがどんなものか、知る必要もあるしな」
強面の相楽だが根はやさしいおやじだ。
相楽が加山に連絡を入れ、彩香はそのまま収録を見学し、仕事後の食事で誰よりも食べて気分よく帰って行った。