(26)最低最悪な悠…
彩香が何度も麻矢の名前を出し、俺に攻撃してくる。
また叩かれそうになり、思わず彩香の手首を掴んだ。
細い手首に力が入っているのを感じ、「手を放せ」と言った彩香の目に、
涙が浮かんでいる。
あいつが部屋を出て行くと、俺はベッドにいる女を家から追い出し、シャワーを浴び支度をしながら考えた。
麻矢と俺?
彩香の涙の理由…
まったく意味がわからない。
説明がほしい…。
2階に向う階段の途中で彩香が小さくなって腰を下ろしていた。
もしかしてずっとここに座っていたのか?
「彩香?」
俺の声に少しだけ振り向いた横顔は、鼻の頭が赤い。
泣いてる…の?
「ズズッー。今、車のキー貰ってくる…」
立ち上がり、俺の顔も見ず、俯いたまま事務所に入ろうとする彩香の腕を掴んで、
振り向かせた。
「ねぇ、彩香が泣いている理由、聞かせて?」
俺の問いに涙顔の彩香の目つきが、きつくなった。
上目使いで、ものすごく凄まれている…。
「麻矢さんという人がいるのに、どうして悠は浮気をするの?浮気をされる人の
気持ちわかる?」
「……えーと、麻矢という人…がいる?…のに?…俺?」
「麻矢さんと悠は恋人同士でしょ?前だって麻矢さん悠と喧嘩してすごく落ち込んで
酔っ払っちゃって泣いちゃって…麻矢さんほんとうに、」
「ちょっと待て!」
俺は彩香を壁に押し当て、彩香の口を手で押さえた。
これ以上こいつの話を聞くと、もっと頭の中がコンフューズして理解できなくなる。
「モゴモゴ~モゴモゴ~」
口を押さえられているのにまだ何か言っている…
「ちょっと!待て!俺の恋人は麻矢?」
「モゴモゴ…」
彩香が首を縦に振る。
「で、俺は麻矢が留守の時に、女を部屋に連れ込んで…サイテーの男?」
「モゴモゴモゴ~~」
何かを言いながら、力いっぱい首が縦に振られた。
「……俺と麻矢って恋人同士じゃないんだけど?昨日から麻矢は恋人の家にお泊り中。
だから麻矢は家にいないでしょ?ん?わかる?」
「…モ?ゴ?」
今度は首を横に倒し、瞳の中に「?」マークが出ている。
お、おもしろい…。
「だいたい俺が麻矢の彼氏になるわけないじゃん。麻矢は…」
あれ?もしかして彩香…知らないのか?まだ知らないんだ…
「麻矢は…俺にとって大切な幼馴染だよ、それだけの関係だけど、麻矢を泣かすような
ことは、俺は絶対しない。わかった?」
彩香の口から手を放した。
「プハァーー、あ~苦しかったぁ」
彩香は大きく深呼吸をした。
泣いて鼻が詰まってしまっているところに口を塞がれ、少しの呼吸で苦しかったようだ。
「麻矢が俺のこと彼氏って言ってたの?」
「……え?」
彩香は少し顔を上に上げ、少し首をかしげ、目を瞑り、しばし過去をさかのぼって考えた後、目を開け、俺を見た。
「…あっ!テレビ局!行かなきゃーー遅刻しちゃう。キー貰ってくるから待ってて!」
慌てて事務所に車のキーを取りに行った。
俺が浮気したとか、麻矢が悲しむとか、彩香の頭の中では、その話は終わりを
迎えたようだった。
きっと、また勝手に勘違いして思い込んで、晴れたり曇ったり台風が来たりして
いたんだろうなぁ。
また彩香のことを考えて笑っている自分がいた。




