(23)悠、失神する
彩香がブツブツ言っているが、声が小さくて何を言っているのか、わからない。
なんか、眠いし、疲れてるから早く帰りたい。
俺は、シートに深く座り直した。
と、同時に車が急発車した。
俺は、車が出発した時点で、仕事とは言え、彩香とキスをした余韻など、
すっかりなくなっていた。
ぶおぉぉぉぉぉ~~
キュルキュル~ブオォォ~~ン!キキキーーーー!
んなっ、なっ、なんですか、いまの今のハンドルさばきは、なんなんですかー。
俺の大切な大切な愛車は、ものすごい勢いで急発車し、もうすごい勢いで止まった。
思わずシートベルトを両手で握り締め、背もたれから体を起こして彩香の方を見た。
「あっ、やっと駐車場出れた~ほっ」
なにかを呟いた彩香の顔がなんだか(ほっ)としている。
「では、路上に出ますですね」
変な日本語のまま、彩香は俺に微笑んだ。
ぶォンぶォン~~ブッおオオオオォォォォォーーーん。
ふ、ふかしすぎです!!アクセル!!
ブオォォォーーーーーーーーーーーン。
ぶおぉぉぉぉーーー
だ、だから!!い、いきなり発車はやめてください…
路上に出たらしいが、俺はシートベルトを握ったまま、彩香の方を向いて硬直していた
ため、前方での景色がどの様なものかわからず、体の揺れと車の遠心力で現在の情況を
判断していた。
キキキーーキュルキュルゥゥゥゥ
い、いまのは右折ですか右折なんですか?!
対向車とか無視ですかーー。
直線ふっとばしていますか、今!
購入時に安定した走りをお約束されていた俺の車が、
フラフラヨロヨロしているんですがーーー。
俺は、車の中で洗濯機の中の洗濯物になった気分だった。
うわっ、またスピードが出た。
このまま空に向かって離陸ですか!!
車って、飛ぶんですか!
俺の体内のアルコール分は、一滴たりとも残っていない。
冷や汗と涙となって流れ出た。全て!
俺は、もう死んでいる…干からびているかもしれない。
キキッ!!
「悠?この車、すごく運転しやすいね!!あれ?どうしましたかー、悠?ん?」
赤信号で止まり、シートベルとを握り締めて、固まっている俺の目の前で彩香が手を
振っていた。
(あれ?動かない。目開けたまま眠っちゃったのかな、さっき眠いって言ってたから)
(あっ、信号が変わった。GOGOGO――――――じゃぴゃぁ~ん(japan)るんるん~)
彩香は俺の心とは裏腹に、ご機嫌だった。
(ホント!快適な車だわ!っていうか私、運転上手?)
そして、この上ない程の身勝手な思い込み。
自分の運転技術に自信を持ってしまったようだ。
焼肉店を出てから30分。
キキキーーー、ガクッッッ…!!!
今、体がガクッて、ガクッてなったよ…?
エアバックが出てこなくてよかった…
「着いたよ?悠!あれれ?悠?悠?」
あれ、俺の体が揺れている、ここはもうあちらの世界なのかなぁ。
彩香は、目を開けたまま気絶している俺を、揺らしていた。
「悠…?」
俺は一度目を瞑り、息を吸って目を開けた。
うわっ!!
目の前に彩香のドアップがあった。
着いたのか?俺は生きているのか?ここは家なのかーーー。
うっ、気持ち悪い…で、出そう…
「うっ、は、はくぅーーーー」
俺は車のドアを開け、駐車場に設置されている水場のところまで一直線に走って行った。
愛車を汚すわけにはいかない。
「人の顔みて吐くーーってどういうことよ!明日からゲロッパチ野郎って呼ぶわよ!」
後ろの方で、彩香が何かを言っていたが、俺はそれどころじゃない。
うがいをして水場をきれいにしたあと、彩香のところに戻り、彩香の手からキーを
奪い取り言った。
「…………げほっ」 ちゃんと声が出ない…。
「えー何ですか~~?」
のん気にうれしそうな顔の彩香にムカついた。
「二度と俺の車、運転するなーーー!」
「運転しろって言ったのは、悠じゃないのよ!」
「とにかく帰る!」
「…じゃ、お休みなさ~い。あっ、お大事にぃ」
彩香は満面の笑みで俺に手を振っている。
なんでコイツ笑ってるんだ!
楽しそうな顔をしているんだ!
わからない、コイツがわからない…
本当は、家に着いたあと、彩香のマンションまで送って行こうと思っていたが、
そんな意識は、すでに持ち合わせていなかった。
とにかく俺は、早く、一秒でも早く部屋に帰りたい。
ふらふらになりながら部屋にたどり着き、ベッドにうつぶせのままバタッと倒れこんだ。
キヨが…誠が…俺にビールなんて飲ませなければ……
コレは何かの罰ゲームか。
あっ、あいつの彩香の肉を2枚食べた俺への復讐か?!
そうだ、そうに違いない…
うっ、うっ、うっ。
その前に、彩香に…あいつに免許を与えたのは誰だよ。
その教官にあって文句を言いたい。
頭が回らなくなり、とにかく彩香には二度とハンドルは握らせないと誓ったまま、
深い眠りについた。
この夜、俺は彩香と楽しくドライブをしている夢をみた。
運転はもちろん…彩香だ。
夢の中の彩香のハンドルさばきは、完璧だった。
夢って…いいなぁ~。