(21)焼肉奉行…
撮影が終わり、スタッフは各自持ち場の撤収後、ボウボウ苑に集合になった。
俺は、自分の車で来ていたので、一人で向かった。
店に着くと、相楽、キヨ、誠、亮は、すでに座っていた。
亮の隣に座ろうとしたら 「おまえは、あっちに座れよ」 と冷たくあしらわれ、
相楽の横に行くと 「悠は、あっち行け」 と隣を拒否された。
「悠、こっち来い!みんなに迷惑がかかるから」
あっ、キヨォォォォォ。
キヨの隣に座った。
やさしいなぁ~キヨは!!今度、一緒に茶畑見に行こうな!スリスリ~。
そっと、寄り添った。
俺はキヨと誠の間に座った。
徐々にみんな集まり出し、俺はいつものように、確認をする。
左横、キヨ。
右横 誠。
目の前 無人。
よし!目の前の網は俺のものだ!
彩香と加山がやって来ると、加山は友人である広報の人の隣に座った。
「彩香ちゃん、こっちこっち~」
誠が彩香を呼んだ。
彩香は加山の隣に座ろうとしていたのを止めて、こっちに来た。
「彩香ちゃん、ここに座りなよ」
誠が勧めた席は、俺の前。
「私、ボウボウ苑のお肉初めてなんだ!」
嬉しそうに笑いながら俺たちに言った。
「じゃ!おいしい肉の食べ方教えてやるよ!」
「うん!わ~い!」
俺の言葉に大喜びの彩香。
誠とキヨが、彩香を哀れみの目で見たことなど、彩香は気づいていない。
肉が次々運ばれてきて、相楽から彩香に「高級霜降り肉」が進呈された。
俺はこの時初めて知った。
肉に釣られて、彩香が天使になったことを。
俺の…俺の唇を返してほしい…。
みんな、肉を焼き始めた。
あ~あ、みんな、なんでそんなメチャクチャな焼き方をするんだ!
お肉がかわいそうじゃないか!!
誠なんて、いきなりカルビーの隣にタン塩焼並べてるし…
それじゃぁ、タン塩の意味がねーだろ。
彩香は、皿に5枚乗った高級肉に、お辞儀をして拝んでいた。
んが!!事もあろうに、その高級肉を、いきなり俺の大事な網に乗せようとしていた。
俺は、しっかりと、彩香の手を掴んだ。
セ、セーーーーフ!!俺の網、セーフ!
「彩香!テメー、何乗っけようとしてんだよ!!」
俺が怒鳴ると、少し怯み、肉をつまんだ箸を握ったまま硬直していた。
「まずは、タン塩だろーが!!!タン塩だ!」
「……(へっ?もしかして悠、焼肉奉行?…いや、奉行なんて上等すぎる。
おまえは町人Aだ!いやいや違う、土佐衛門だ…土佐衛門で十分だーー)」
彩香が心の中で、俺のことを土佐衛門扱いしていようと、そんなことはどうでもいい。
焼肉に関しては、俺の指示に従ってもらう。
「ごめんごめん、さやちゃん。こいつ、焼肉になると、うるさいんだよね~
だから、悠と同じ網で食べる人は悠の言うとおりに食べる掟があるんだぁ」
キヨが彩香に説明した。
俺は、焼肉にはうるさい。
だから俺のことを知っている人は、みんな俺の近くに座らない。
「へっ…?掟?」
彩香が情けない声を出した。
「なんだよ、俺の指示通り食えよ」
「へっ…?」
泣きそうな顔になっていたが、こればかりは譲れない。
「次これ~」
「これ、もういいよ」
「早く食えよ、次の肉支えてるだろ」
「焼きすぎてんじゃねーよ」
「カルビばっか食うなよ!次にもしカルビをつづけて3枚食べたら、レッドカードで
退場だからな!」
彩香は諦めたのか、素直に俺の言う通りに肉を食べて行った。
途中で、彩香の報酬のロース肉を焼くのを許可したら、満面の笑みで俺を見た。
……か、かわいい。
が、彩香は5枚を一度に乗せてしまい、焼き終わった5枚を皿に取って確保している。
冷めたら不味いので、俺が2枚ほど、食べてあげた。
「ちょっ、ちょっとーーーーーーーー!!!!なんで、私のお肉食べんのよ!!!」
「冷めると美味くなくなるだろ!!」
「あ”あ”???ぁんだってー!しん、信じられない!!大切な…私のお肉。
出しなさいよ、お肉返せー!」
いきなり凶暴になったが、もう俺の口の中には肉はない。
俺のことを凄んだ目には、薄っすら涙が見えた。
あと、10秒ほどで泣きそうな彩香に誠が聞いた。
「ねぇ、彩香ちゃんは免許持ってるの?」
「ズズッ。持ってますよ。この間も加山さんと一緒にレコード会社に行くとき
運転しましたもん」
鼻を啜ったあと、答えた。
「そうなんだ!じゃぁ、悠、飲めよ」
俺は今日、自分の車だから一滴も飲んでいない。
肉にビール…。我慢している。
「俺、車だから!」
「いいじゃん。彩香ちゃんに運転してもらえば!どうせ彩香ちゃん家近いんだし、な!」
誠はそう言うと、彩香を見た。
「私ですか?いいですよ。運転しますよ…」
「じゃ、飲め!悠!」
キヨにコップを手渡された。
「おまえ、本当に運転できんの?」
疑いの眼差しを投げつつ彩香に確認した。
「大丈夫~……?」
どこか怪しいが、俺はビールを口にしてしまった。