(20)CM出演?!焼肉のために…
悠とのシーンが始まった。
悠が椅子に座り、私は立ったままだ。
上半身の撮影なので、下は映らない。
たぶん、はたから見たら変な絵図らに違いない。
見つめ合ったあと、私が悠の頬に触れる。
私は、まじまじと悠の顔を見た。
結構、きれいな瞳してるんだ。
あっ、お肌つるつる…男なのに…ずるい…。
女の自分と比べて、ものすごく落ち込んだ。
何度かリハをした後、本番に入った。
「はい、じゃ本番行ってみようか、ヨロシク~」
――――――スタートのカチンコがなった。
「はい、カット」
始まってすぐに、止められた。
プロデューサーが監督のところに行き、なにか話しはじめた。
相楽も呼ばれ、なぜかその輪の中に他のメンバーも混じっていた。
その間、またメイクさんがメイクを直し、スタイリストが衣装を整える。
監督からぜんぜん指示が出ない。
まだ話し合っている。
もしかして、私のせい…か?
悠とのツーショットは、バランスが悪すぎるとか?見るに耐えられないとか?
…また落ち込んできた。
「彩香、何ひとり百面相してんの?」
椅子に座っている悠に、上目使いで言われた。
悠……上目使いなんてテク使って…、ますます私を落ち込ませる気だ。
「私…なんか悲しくなってきた。悠、きれいなんだもん…」
私は肩を落した。
「さ、彩香は、か、かわいい…よ(うっ…恥ずかしい…)」
「……どもりながら言われても…納得できないよ…」
「……」
話合いが終わったところで撮影再開になった。
――――――本番スタートのカチンコがなる。
私は手をゆっくりと悠の頬に持っていき、やさしく包み、数秒見つめ合う。
いきなり、監督の声が聞こえた。本番なのに…?
「じゃー、そのままゆっくり、いっちゃおうか~キッス!ヨロシク~」
えっ!?ええーーー!!!
私は驚きのあまり、悠の頬を両手でしっかり持ったまま、
自分の顔を監督の方に向けた。
「な、なんていいました?いま」
「はい、カット~、だめだよ~彩香ちゃん~本番中にこっち見ちゃー」
「いえ!!監督?!今、なんて!!!」
私は、少し大きめの声で聞いた。
徐々に手には力が入っていた。
ググッと力を入れて監督の方を見たきりだ。
「おい…」
「お…い…」
悠に呼ばれ、悠を見た。
「うわっ!!」
顔が…。
私の力の入った手の中で、悠の顔がつぶれていた。
顔が命の芸能人…思わず、パッと手を離した。
すぐにメイクさんが飛んできて、悠の顔を治して…いえ、メイクを直した。
監督が言った。
「いや~そのままキッスなんていいかなぁ~って、今田プロデューサーとの
相談の結果だ。あっ、別にディープじゃなくていいからね。軽く唇と唇を
ブチューと、ヨロシク~」
監督の言い方に周りから笑いが起こったが、私は笑えない。
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「そ、そんなの聞いてな、」
そう言いかけた涙目の彩香の頬っぺたをつまみながら、俺は自分の方に彩香の顔を
向かせて言った。
「あのね、こういうことはよくあるの。だんどり通りにいかないって言うの?
いいものを作るためには、変更していくのは当たり前のことなんだよ」
「え、だってファ、ファンに怒られる…」
彩香は言い訳にならない言い訳をした。
「あほか、おまえ。仕事だろ仕事」
彩香に言いながら、俺だってあせっている。
だけど、俺がここで動揺したら、素人の彩香はどうしていいか、もっとわからなくなる。
「いい?自分で決めた仕事なんだから。続けられる?」
俺の言葉に、彩香は子供のように「うん」とだけ言い、うなずいた。
「どうしたー、何か問題でもアリか?」
ボソボソ小声で話している俺たちに、監督が声をかけた。
「いえ、大丈夫です。続けてください。お願いします」
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私は悠の言葉にうなずいた後、加山を見た。
口を(ギ・ャ・ラ)と動かしながら、片手が如来像の手の形になっていた。
たぶん、ギャラのために頑張れと言いたいのだろう。
隣にいた相楽の口は、(に・く)と言っているのが、はっきりわかった。
こんなにたくさんの人の前でキスするんですか…
私はドキドキが止まらない。
相楽からのアドバイスの声が、静かなスタジオに響いた。
「彩香ちゃん、悠を8000円のロース肉だと思え!」
みんなが笑ったが、もうなにが、なんだかわからなくなっていた。
「顔を近づけたところまでさっきと同じで、その後のキッスは自由にヨロシク」
監督、ずるいよ…自由にキスなんて指示。
「一度リハやろう!じゃ、スタートしちゃおうかな、ヨロシク」
私は少し震えた手で悠の頬を触り、顔を近づけてキスをした。
な、泣きそう…。
そして、心で謝った。
『麻矢さん、ごめん…あなたの悠とキスしてしまいます。
だけど、お仕事だから、許してください』
「彩香ちゃん、悪いけどキッスのとき首を右じゃなくて左に傾けてね、ヨロシクッ」
右に傾けると悠の顔が少し隠れる。主役は悠だ。
左ですね、左。
一度、目を瞑り、深呼吸をした。
そして目を開けて悠を見た。
あっ、なんだか悠の唇がロース肉に見えてきた。
――――――本番のカチンコがなった
ロース肉だ、ロース…100g…8000円、食べたい…
そして、悠にキスをした。
「はい!OK!」
「いいねーいいねー彩香ちゃん、いいよ~」
「悠くん、リラックスだよ~キッスなんて慣れてるでしょう。じゃ、もう一度」
え!!今のOKだったんじゃないんですか?
もう一度なんですね……はい…
もう…どうでもいいです…うっ。
私は、目が潤んできたが、グッと耐えた。
――――――カチンッ!
本番が始まった。
ロース肉、超高級ロース、和牛和牛和牛 100g…8000円…
おごりだ…食べたい食べたい、たべたーーーーい!!
念仏を唱えるように、心の中でロース肉を連発し、頭の中で悠を肉だと思うこと
だけに集中した。
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本番のカチンコがなった。
彩香の潤んだ瞳が俺を見た。
彩香の目はキラキラしていた。
柔らかい唇が俺の唇に触れた。
女とのキスなんて慣れているはずなのに、正直、キスなんて普通にできる。
どんな女とも平気なはずなのに、俺の心臓はギューウッと掴まれる感じがした。
だんだん頭がクラクラしてきて数秒間意識が飛んだ。
パクッ…。
えっ…ええ??
なぜか彩香は俺の下唇を噛んだ。
いや…噛んだのではなく、あいつは食ったんだ!俺の唇を食いやがった!!
唇が離れた時、ハートがギュウギュウしている俺に向かって「にく」と言った。
潤んだ瞳で俺の唇を見て、確かに「に・く」と言った。
ショックだった。
さっき、相楽が言っていた「悠を肉と思え」…と。
今だ意味はわからないが、とりあえず彩香は俺を、8000円のロース肉としか
見ていないということは、わかった。
俺は、その後の撮影を、どよんとした気持ちの中続けたが、
「悠くん!いいよ!いいよ!!その影のある瞳、サイコー、ヨロシク~」
監督に褒めまくられ、撮影は順調に進み、…終わった。