(17)麻矢の涙
月曜の夕方。
麻矢からお誘いがあった。
仕事が終わったら4階に上がって来いと。
6時に仕事を終え、麻矢の部屋に行くが、今日の麻矢は、どことなく元気がない。
いつも綺麗に着飾っているのに、部屋着のままで髪もボサボサだ。
この姿が休日部屋に居る時の麻矢だと教えられたが、やはり元気はなかった。
悠と喧嘩でもしたのだろうか。
泣いていたのか、目も少し赤い。
聞くに聞けない。
あり合わせでつまみを作り、ソファで飲み始めた。
いつになくお酒を口に運ぶ麻矢のペースが速い。
新しく作った水割りを一口飲むと麻矢は、鼻を啜り大粒の涙を一粒だけ落とし、
私を見た。
「うっ……ズルッ」
「ど、どうしたんですか?!私、何でも聞きますから、話してください!」
今まで見たことない麻矢の姿に驚いた。
赤くなった鼻を啜っているが、なんだかものすごく綺麗な泣き顔だ。
「もし話したくなかったら…ほらっ、前に私が孝志と別れたとき、麻矢さん言って
くれたじゃないですか!思いっきり泣けって!だから、泣いていいですから!」
力を込めて励ました。
「……思いっきりなんて泣いたら目が腫れちゃうじゃない…顔だってパンパンに
なっちゃういやよ。ズルッ」
へっ?私には泣けと言っておいて…?
「でも私、あの日、麻矢さんに言われた通り一生懸命泣いたら、すっきりさっぱり
爽快気分でしたよ!まぁ、次の日の顔は腫れ放題だったけど、心は晴れ晴れ~
なんちって、へへ…へへ…へ…」
「……」
くだらない駄洒落に麻矢の冷ややかな眼差しを頂き撃沈…。
「シメジはいいのよ!」
「へ?なにが?」
「目が腫れようが顔がパンパンになろうが、どっちみち丸っこい顔で四コマの
オチみたいな顔なんだから」
ひ、ひ、ひどい……、今のは、ひどすぎる…。
麻矢はティッシュを一枚取り、綺麗にたたみ、上品に目頭にあてた。
「私はそういうわけには行かないの!明日お店あるし化粧のノリが悪くなったら
困るのよ!」
人には泣きたい時は泣けと言っておきながら、自分は美を保とうなどと!
私は麻矢の水割りを奪い取り、代わりに飲み、自分のグラスのジントニックも
飲み干した。
「麻矢さん!グジグジと女々しい!何があったのか言えってんだよ!てやんでぃ!」
ぜんぜん酔ってもいない、その上、北海道生まれなのに、べらんめい口調の私は、
麻矢のシャツの襟元を掴み引き寄せ怒鳴った。
「い、いや~ん恐~い、シメジ…」
「だったら!話しなさい!涙の原因は何!」
顔接近20cmで凄むと、麻矢はボチボチと話だした。
彼が浮気をしていると噂で聞いたらしく、少し問い詰めたら怒ってしまい
喧嘩状態のまま、彼は出張に行き東京にいない。
仕事だとわかっているが、もしかしたら浮気相手と一緒なのかもしれないと思うと、
不安がどんどんと膨れ上がって、気持ちがいっぱいいっぱいになってしまったようだ。
携帯に電話をしたいが、麻矢のプライドが許さないらしい。
彼からの電話は掛かってくるものであって、自分から掛けるものではない!
ということだ。
高ビーすぎるよ…麻矢さん…。
珍しくお酒に酔った麻矢はソファの上で寝てしまった。
悠は、明日関西から帰ってくる。
「大丈夫だよ、麻矢さん。きっと悠は浮気なんてしてない。
関西に行ってるのも仕事だし、メンバーも相楽さんも一緒だよ?絶対大丈夫~」
寝ている麻矢に話しかけた。
いつも冷静でお高くとまって上から目線なのに、好きな人のことには弱い女になって
しまう、そんな麻矢の寝顔はとてもかわいらしかった。
麻矢の好きな言葉を使えば『乙女の寝顔』そのものだ。
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「彼と仲直りした、うふふふ~ん」
と、うれしそうな声の麻矢が連絡をくれたのは、麻矢が酔った日から2日後のこと
だった。
悠が帰って来てすぐに仲直りしたようだ。
悠だって、綺麗で完璧な麻矢を振る理由もないだろうけど、万が一別れたりしたら
この家を追い出され、事務所だって首になって、悠は路頭に迷うだけだ。




