(16)半ビジュアル系バンド・ゴーディオン
ベッドサイドの時計を見た。
―――11時30分か…起きよう…
体を起すと同時に携帯が鳴った。
「悠!!テメェーいつまで寝てんだよ!早く下りて、」
ブチッ!
朝っぱらからデカイ声出すんじゃねー!
誠からの電話を途中で切った。
今日は、なんかの打ち合わせでメンバーが来てるんだった…
シャワーを浴びてから2階にある事務所に下りて行った。
俺は、事務所スタッフのいる部屋に挨拶もせず、素通りして応接室に直接入った。
「おはよ…」 メンバーに挨拶をしたが、
「テメェーおっせーんだよ!いっつもいっつもタラタラしやがって!時間は守れって
言ってーだろうが!!」
誠に蹴りを入れられる。
「痛いよ~誠ちゃ~ん」
パッパラパーな格好でテレテレしてて信用できなさそうな外見とは裏腹に
本当の誠は時間には厳しく、約束事は必ず守る堅物な人間だ。
俺は毎回愛のある熱い洗礼を受けている。
みんなはテキトーな格好でソファに座り何かを飲んでいた。
亮の隣に座り、カップの中を覗くと、いつもと違う飲み物。
だいたいブラックコーヒーなのだが、今日はミルク色が目立つ。
「なに飲んでんの?」
「あ?ロイヤルミルクテー」 「カプチーノ」 「オレ、日本茶!」
「あん?なにそれ、買ってきたの?」
「ちがうよ、さやちゃんが入れてくれたんだ。中々心得があるお茶の入れ方なんだよ、
これが…」
キヨはそういうと、日本茶をズズズゥゥーーと美味そうに飲んだ。
爺くせーなぁ。
キヨの家はお茶屋さんだ。日本茶の入れ方には、うるさい。
月一で「キヨちゃんDAY」として、茶髪のくちゃくちゃ頭のまま、店の手伝いをしている。
お茶が不味くなりそうだ。
しかし、ファンの子達が行列を作り、若い子達がお茶を買いに来る。
「さやちゃん?だれ、それ」
「新しく入った子で、結構かわいいぜ」
さやちゃん…そういえば彩香、元気かなぁ。
麻矢はよく会ってるみたいだけど、俺は彩香が店で気を失ったあの日から会ってないよな。
赤くなったり青くなったりコロコロ変化する彩香を思い出して、一人ニタついている俺を、
メンバーが不思議そうな顔で見ていた。
メンバーの視線に気づき顔を元に戻し、ソファの肘掛を枕に寝っころがった。
スタッフの一人「デンジャラス・佳代」が昼飯の出前が来たと、応接室に呼びにきた。
23歳の佳代は、とてもりっぱな体型をしている。
脂肪の付きすぎで健康面から考えると危険信号を発しているため「デンジャラス」と
呼ばれていて、女の子につけるにはかわいそうなネーミングだが、本人も承知している。
音楽部のスタッフはタレント部より遙かに人数が少ない分、スタッフとミュージシャン同士
みんな仲がいい。
一緒に食事をすることも多い。
会議室に行くと、テーブルの上に店屋物が並んでいる。
俺は、いつものように「カツ丼とラーメン」が置いてある席に着いた。
店屋物はこの組み合わせに限る。
「お茶!おまちぃ~~」
元気な声が入り口から聞こえた。
湯のみ茶碗をおぼんに乗せて、会議室に入ってきた女を見た。
「……え?」
「彩香ちゃん、こいつボーカルの悠。さっき居なかったからさぁ」
隣にいる誠が、俺の肩を叩きながらお茶を配っている女に話しかけた。
彩香…だ…。
髪が少し伸びていてシメジじゃなくなっていた。
彩香は俺を見て「げっ!!」と一言言い、おぼんを持ったまま例のごとく首を横に倒し
動かなくなった。
よくフリーズするよなぁ、彩香って。
「なんで彩香がここに居んの?」
俺のフリにみんなの視線が、俺と彩香を行ったり来たりした。
「……えーと、悠って…ボーカルのゆう?ポスターの人と…違う…」
ぜんぜん俺の質問に答えていない。
ポスターの人も俺だが、写真だし、軽く化粧もしてるし…っていうか、
わからない程の違いもないと思うけど。
彩香には全くの別人に見えるらしい。
その前に、ゴーディオンって知らないのかーーー俺のこと知らなかったのか!!
まぁ、別にちゃんと名のっていたわけではないが、気がついていると思っていた。
「何、おまえら知り合いか?まぁ、麻矢ちゃんからの紹介だからな彩香ちゃんは。
悠と知り合いでもおかしくはないが」
相楽が教えてくれた。
麻矢が連れて来たのか。
麻矢からは何にも聞いてない…。
彩香は気を取り直し、みんなにお茶を配り終え、俺の前の席に着いた。
ふと彩香の前を見ると「カツ丼とかき玉うどん」が並んでいる。
「えっ…ねぇ、それ彩香が食べるの?」 俺は思わず聞いてしまった。
「は?そうですけど…なにか?」
彩香は、何かご不満でも?みたいな顔をして返事をした。
そういえば、麻矢の店でもチキンにパクついていたっけ。
一人で鶏一羽食ってたもんなぁ。
「さやちゃん、もしかして大食い?」 亮が笑った。
「はい!そのようで!」 彩香はうれしそうに箸を握りながら元気に答える。
正直、俺の目は彩香に釘付けだ。
今日も右の頬袋が膨らんで、モグモグしている。
自分の食事も忘れて彩香を見てしまっている俺がいた。
彩香は、隣に座っているデンジャラス・佳代に親子丼のご飯を分けて貰っていた。
デンジャラスが小食に見える。
ちょっとおかしかった。
「グフッ」 思わず小笑いをしてしまった。
「何、さやちゃんみて笑ってんだよ、きもちわりぃーな~」
誠に言われ口元を引き締めた。
加山から彩香に、付け合せの漬物が回ってきて、それもパリパリといい音を響かせて
食べている。
も、もう我慢が出来ない!
俺は食事中だったが席を立った。
「ちょっと…失礼…」
足早に会議室を出て応接室に向かった。
た、耐えられな~い。
応接室に入り、ドアを閉めたとたん、俺はクッションに顔をうずめ大笑いをした。
久しぶりに腹を抱えた。
彩香!!面白すぎるーーーーーー!!
なんであんなにおいしそうに、うれしそうに飯食ってんだよ!
膨らんだ頬が可笑しすぎる!!
ソファのクッションをバンバン叩いていた。
俺が一人で笑っていると、亮が入って来た。
急に会議室を出ていった俺を心配して様子を見に来てくれたらしい。
亮は結構心配症で、メンバーのことをいつも考えてくれている。
メンバーはみんな仲がいいが、その分、くだらない喧嘩も多い。
ほっておくと、亮以外の3人は四方八方に勝手に動き回る。
亮はそんな3人を見えない手綱で操り、まとめてくれていた。
腹を抱えている俺を見て、亮が怪訝な顔をしている。
「……おまえ、大丈夫かぁ?どうしたんだよ。頭おかしくなったのかよ!」
「ぐふふふふ…なんでも…ねぇよ…」
俺の笑いが収まるまで亮は心配そうな顔で待っていてくれた。
会議室に戻り、食事を続けたが、また彩香を見続ける俺がいる。