番外「誠くん」3
「……痛い…」
脇腹が、痛ぃ…
「…っと、ちょっと」
聡美の声ぇ~、でも脇腹が、痛ぃ…
「なにやってんの? 変質者じゃないんだからさぁ、人んちの前でやめてよね!」
ドスッと、ものすごく鈍い痛みが脇腹に入り、ゆがめた顔を膝から離し、斜め上を見た。
「うっ、うぉぉぉおおおお! 聡美――――!」
脇腹を押えながら立ち上がった。
「な、なに? どうし、」
「さとみ!!」
オレは聡美を、ギュゥッとおもいきり抱きしめた。
「あっ、いけね、いけね、腹の子が、つぶれる!」
「はぁ?」
怪訝な顔の聡美の腕は掴んだまま、オレは、体だけを放した。
「聡美、け、け、結婚しよう! いや、結婚してください!」
オレは、ポケットに突っ込んできた指輪を、慌てながら取り出し、聡美の手を掴んではめようとした。
「待って! どうしたの? 急に!」
「オレたちの子、ちゃんと産めよ!
オレ、一生懸命ギター弾いて稼ぐから、二人で育てて行こう!」
「……誠…、あ~ん、うれしいぃよ~、ありがとう!」
「聡美!! オレはしあわせだぁぁあああ」
「ちょっと!!」
あれ? ものすごく冷ややかな聡美の声?
喜んでくれてるんじゃ、ないの…?
あれ? まだ横腹が痛ぃ…
頭にも衝撃が…
「ちょっとー、なにこんなとこで寝てんのよ! 迷惑な!」
オレは、聡美の怒鳴り声と、脇腹キックと、鞄で頭を殴られていた。
顔を上げ、聡美を見た。
あっ、さっきのは夢か!
んじゃ、もう一度!
オレは頭を擦り、横腹を押えながら立ち上がって、聡美のお腹の子に差しさわりのないように、やさしく聡美を抱きしめ、言った。
「聡美、結婚してください」
「……はぁ?」
「オレたち、結婚、しよう? 一緒に子供育てよう。
オレ、良い夫になるし、良い父親にもなる。約束するから!」
「……誠…?」
オレは、ポケットから指輪を取り出し、聡美の指にはめようとした。
「……えっ?」
聡美の指は、ピッっと、全部閉じている。
これでは指輪がはめられない。
「聡美、指開けよ」
「誠? どうしたの? なに?」
「え? 結婚すんだよ」
「だれが! 誰と!?」
「オレと聡美に決まってるじゃん、なに寝ぼけたこと言ってんだよ」
「なんで!?」
「な、なんで? って…子供できたんだし……
オレだって、おまえとの結婚は前から考えていたし…
おまえが一人で、オレとの子育てようとしてんのは、わかってる。
だけど、オレはそんなことさせない。聡美のこと愛してるし、別れるなんてできない。
だから、指輪を…」
オレは、もう一度指輪をはめようと、聡美の手を掴み、指輪を指に……
あれ? なんで?
聡美の指は、先ほどと同じように硬くピッ!っと、閉じられたままだ。
指輪を無理やりねじ込もうと頑張ったが、ものすごい力を入れて、抵抗する聡美の手。
「なんだよ! 聡美! 力抜けよ!」
「いやよ」
「なに!?」
オレは、まだ必死に指輪をはめようとしていた。
だが、聡美の冷めた声にオレの手は止まった。
「あのさ、誠、私、結婚なんてしないよ?」
「ぇ?」
ものすごく小さい「ぇ」で、訊いてみた。
「どうして結婚しなきゃなんないの?
仕事忙しいけど楽しいし、やっとチーフになれたのに!
冗談じゃないわよ、結婚なんて」
「ぁぁああ!? じゃ、どーすんだよ! 腹の子! オレの赤ちゃん!」
「さっきから腹の子、腹の子って、妊娠なんてしてないわよ!? 私」
「えっ?」
「なに一人で想像妊娠してんのよ、男のくせに」
「だ、だって、この間、うっ、って言って、トイレに…、顔色悪かったし…」
「へっ? ……あぁ、あの日?
前の晩さぁ、スタッフと飲み明かしちゃって、朝方帰ってきてさぁ、
二日酔いのまま誠のとこ行ったから、も~フラフラでさぁ~、あはは」
聡美は、大きな口を開けて笑っていた。
オレが持っていた指輪が、地面に落ちた。
チャリンと音がして、クルクルっと、ちょっと回って、聡美の靴先に辺り、止まった。
聡美は指輪を拾い、オレの手の平に乗せてから言った。
「んじゃ、そーいうわけだから! 私は結婚しません~。
誠も忙しいんでしょ? 女に仕事に!
私妊娠してないから、安心して帰っていいよ~。じゃ!」
聡美は、ドアの前で、オレを追い返そうとし、自分だけ中に入ろうとした。
「待てよ、結婚の話は、まぁ、いいから。部屋の中入れろよ」
「なんで!!!」
聡美の顔が、引きつり歪み始めた。
「せっかく来たんだから、お茶くらい出せよ。部屋ん中いれ、ろ、よぉ!」
オレは、ドアノブを握り、開けて先に入ろうとした。
「い、いやよ! な、何すんのよ! ドアノブから、手を、離し、な、さいぃ、よぉ」
聡美は、ものすごく抵抗している。
あっ! もしかして他の男と同棲しているのか!?
男のものとか沢山あるから、オレには見せられないとかなのか!?
何か隠していると思ったオレは、無理やり力づくでドアを開け、小さい玄関に一歩足を入れた。