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(10)彩香の寝顔

仕事を終えて10時過ぎ家に着いた。

今日は麻矢の友達が来ているはずだ。

麻矢のことだから深夜まで飲むつもりだろう。

俺は自分の部屋に入る前に、麻矢の「新しいお友達」とやらを見てみようと

リビングのドアを開けた。


―――シーン―――


話声もない。音楽も流れていない。静まり返っていた。

ソファのところに麻矢の後頭部だけが見えた。


―――あれ?もう帰っちゃったのかな?お友達~


俺は麻矢の座っているソファに近づきながら、声をかけた。

「麻矢?ともだち帰っ…」

振り返った麻矢は口元に人差し指を当てて「シー」というジェスチャーをした。


ソファを覗くと、あの雨の日、駅で空を見上げていた子が麻矢の膝の上で

ティッシュの箱を抱いたまま赤い顔をして眠っていた。

(どうしたの!!この子…) 驚いたが声を出さずに口だけを動かして聞いた。

麻矢はニッコリと笑って(あとで~)と答えた。

俺はとりあえず、ソファに座った。

麻矢はうれしいのか楽しいのかおもしろがっているような顔で彼女を見てから、

俺の方を見て、微笑んだ。


麻矢が女性を食事に招待するなんて、初めてかもしれない。

グループで招き入れることはあるが、女の子一人をお招き?

で、膝の上で眠らせてるし…

不思議な光景だ。

それに、あの雨の日のあと、どうやって知り合ったんだ?


質問したいことがいっぱいだが、沈黙が続く。

俺も、おとなしく彼女の寝顔を見続けた。

その顔には涙?のあとがある。


静かな部屋の中で携帯の着信音が鳴った。

俺と麻矢は一瞬ビクッとなり、お互いの驚いた姿に噴き出した。

携帯は彼女の鞄の中からだ。

麻矢は「しかたないわね…」とちょっと残念そうな顔で彼女に声をかけた。


「シメジ?シメジ?」

シメジ…って、おいおい。

俺は心で突っ込みを入れた。


麻矢に揺り起こされたシメジ?は、目をこすりながら体を起こした。

「まやしゃん…」

なんか寝むそうだ。子供みたいでかわいいや。


「携帯鳴ってるわよ。鞄の中で」

「んぁ?携帯…?」

俺が、ソファの横に置いてあったシメジの鞄を手渡すと、

俺の存在はないかのように鞄を受け取り、開いているのかいないのか、

鼻を啜りながらボーっとした目のまま携帯をガサゴソと探し、着信画面を見た。


「……ん?あ~~ん、こいつーーだーー、私を振ったヤツーー」

シメジは画面を麻矢に見せ、

「えーい、こんなのいらなーい!もう寝る!!」 

そう言い携帯をほうり投げ、また麻矢の膝に顔を伏せて眠り始めた。


その携帯は、俺の足元に転がり数秒後切れた。

携帯を拾い上げ、テーブルに置こうとしたら再び鳴りだした。

開いた画面には、『孝志』の文字と、ニコニコ顔の『孝志』くんとやらの顔写真が

表示されている。

(私を振ったヤツ)

シメジはさっきそう言っていた。


麻矢がほくそ笑みながら俺を見ていることも知らず、俺は勝手にシメジの携帯に出た。

「もしもし…?」 

シメジが出ると思っていたのだろう、相手は、ぶっきらぼうな男の声の俺が出て

驚いているのか、何も言わない。

「あんた誰?」 俺は、なおも無愛想に聞いた。

「…え、あの…彩香…は…?」


シメジって、彩香って言うんだ。

シメジ、この男に振られたんだよな。

振った男がなんで電話をかけてくるんだ?


俺はちょっとおちょくろうと思い、その男に言った。

「彩香?もう寝てるけど…俺の女に何か用?」

麻矢の肩が笑っているのが視野に入る。


「え?あぁ、彩香も僕以外に男がいたんだぁ、なんだよかったぁ」

男はどことなく安心した声になり、吐いた溜息がはっきりと聞こえた。


―――彩香も?も?って、おまえシメジの他に女がいたんかい!!

   それでシメジを振ったのか?!


俺はなぜかその男に苛立ち始めた。

「で、用件は?」

「あっ、マンションに置いてある僕の荷物なんですけど、来週の日曜日に取りに

 行くって伝えてください」

――― 一緒に暮らしていたのか。


「他には?」

「い、いや別に。あっ、あの…彩香のことよろしくお願いします」

―――んぁだっ!こいつ!


「あのさ、おまえにお願いされる筋合いないから彩香のこと。

 荷物取りに来たらニ度と彩香の前に現れんじゃねーぞ!」

怒鳴った俺は男の返事もまたずに、電話を切った。

そして、俺は切れた携帯を壊しそうな位の力で握っていた。


「悠?」

麻矢の声に我に返り、顔をあげると麻矢がニタリと俺を見た。

「悠、何、本気で怒ってんのよ」

―――え?そうだよ…なに怒ってんだよ、俺。関係ないじゃん。


「別に怒ってねーよ。ちょっとからかっただけだよ…」

「ふ~ん、そう。まぁいいわ!」 

麻矢はクスッとだけ笑って、彩香のほっぺたをつついた。

「麻矢、この子、あの雨の日、俺が傘貸した子でしょ?どうしてここにいるの?」

麻矢がいきさつを話してくれた。



偶然ってあるものなんだなぁ。

もしかしたら、麻矢があの花柄の傘を返してもらいたくて、

念力で彩香を引き寄せたとか?

…ありえなくもない。こいつの『念』は怖いと身内でも評判だ。


起きそうにもない彩香を麻矢のベッドに運び、俺と麻矢は飲み直しに入った。

「シメジってかわいいわね?ふふふ~」

「なんか珍しいよな?麻矢が女の子気にいるなんて」

「ん~、悠のためでもあるわ。最初気にいったのは悠でしょ?」

「え?俺?」

麻矢が言うには、あの雨の日、俺がなぜ彼女にいきなり傘を貸すと言い出したのか

不思議だったらしい。


麻矢が彼女をスーパーで偶然見つけて、真っ先に浮かんだのは傘だったが、

俺のために知り合いになろうと思ったらしい。

だけど、話して行くうちに彼女の言動や行動が、麻矢自身のツボにハマったと

いうことだ。


「な、なんで俺のためなの?別に彼女のことを気にいったから傘貸したわけじゃないよ。

 それに結果的に麻矢が気にいったんじゃん。なんか楽しいオモチャ見つけました~

 っていう顔してるよ?」

「まっ!失礼ね!シメジはオモチャじゃなくてお友達よ」

「どっちでもいいけどね、俺には関係ないから…」


関係ないなどと口にしている俺の口角は、上がっていた。



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