(1)見上げている空は雨
渋谷から地元の駅まで、15分もかからない電車の中。
急に雨が降ってきた。
改札口一つの駅に着くころには、土砂降りになっていた。
改札を出て、傘を持ってお迎えの人たちを横目に一人、小雨になるのを待った。
全然止まない…
駅から自宅まで歩いて10分。
タクシー乗り場は、並んでいる人数に対してタクシー間に合わずって感じだ。
走って帰るのはいやだ。小さい時から運動嫌いで文化系だったし、
雨の中を走るなんてお話にならない…
私が一生懸命走ったとしても、はた目からは小走りにしか見えないくらい運動音痴だ。
私がこの改札を抜けてから、何本の電車が着いては去っていったのだろう。
電車が着くたびに改札から人が流れては消えていく。
ずっと雨は止まない。
ガード下に細長く作られている深夜営業のスーパーにでも入って、ビニール傘でも
買おうかと迷っていた。
もう一度空を見上げた時、目の前に傘の柄がニュッと現れた。
すぐさま横を向くと「カ、カッコイイ…」
20代半ばほどの髪をダークブラウンに染めた、いい男が私の隣で微笑んでいた。
「よろしかったらどうぞ」
その男性が手に持っていたのは、ピンクベースの小さな花柄をあしらったかわいい
女性用の傘。
戸惑い、瞬きの回数がやけに多くなった私の顔を見て、その人はクスクスと笑い
ながら、もう一度 「これ、どうぞ使ってください」 と、見かけによらず丁寧で
やさしい口調で言い、私の腕に傘を掛けた。
「あ、あ、あの…」と、いう私の声は本人が思うほど音にならず、立ち去るその人の
姿を目で追った。
―――え”っ…
男性は近くにいた綺麗な女性と、黒い男物の傘の中に入り、相合傘で駅から離れて行った。
「なんだ…彼女持ちかぁ…美男美女…」
残念な気持ちの自分がいる。
…あんなに格好いい人が、私に声をかけるということは、傘もなくお迎えも
来ない私は、そんなにかわいそうに見えたのだろうか。ガクンッ。
なんだか自分がみじめになってきた。
腕に掛けられた傘を一応ありがたく開き、全然止みそうにない雨の中を一人
とぼとぼと自宅へ帰った。