死者の国
いろんなものにインスピレーションを受けまして書いてみました
俺の名前は本間傑、18歳だ。いや、正確には18歳だった、が正しいか。いろいろあって短い人生を終え、今は天国にいる。生きてた頃より毎日がずっと楽しいぜ。天国では前世の記憶や思考そのままに、疲れも、痛みも知らない体があるからな。おまけに勉強や仕事といった義務みたいなものもない。完全な自由だ。何をしててもいい。今日やりたいことを自分で決めるんだ。楽しくないはずがないだろう?
さて、現世で疲れ果てながら、毎日を苦しんでいる地上の君たちに天国とはどういうところなのかを説明してあげよう。
基本的には現世と変わらない町並みが広がっている。俺の家があり、普通に生活している他人がいて、いろんな娯楽施設がある。その娯楽施設には必ず誰かがいて、話しかけると大抵仲良くなれる。今隣にいるカールも天国のカラオケに行った時に知り合ったやつだ。彼はアメリカ人らしいが、言語の壁など天国にはない。俺には完全に日本語に聞こえ、カールには英語で会話しているように感じられるらしい。まあ、天国では全員が翻訳こんにゃくを食ってると思ってくれ。
カールとの出会いや身の上話は後にしよう。それより天国の驚くべきシステムについて語ろう。まあ、言葉で説明するのは結構難しいんだがない頭をフル回転させるからよく聞いてくれ。
うーん・・・そうだな、一例として俺の天国にあるバスケットコートを挙げようか。コートに行くと、ほかの人に出会うことが出来る。ここで出会ったほかの人の世界の中にも、俺の世界のバスケットコートと同じものがあり、俺と同じタイミングでバスケットコートに来た人たちなのだ。つまり、天国にいる人間の中で同じ施設を各世界に含んでいる、かつ同じタイミングでその施設にいる人とマッチングして会話やスポーツなどの娯楽を楽しむことが出来るということだ。
うーん・・・自分で言っててわかんなくなってきたぞ。すまねえ、頭の出来は良くないんだ。18で知識が止まってるから許してくれや。
もうちょい、わかりやすく説明できるよう頑張るよ。まず天国ってのは個人個人がカスタマイズする世界だと思ってほしい(厳密には少し違うんだけどな)。
用意されている施設や、地形の中から自分の天国にあってほしいものを選んでオリジナルにカスタマイズしていくんだ。そうやって自分だけの天国を作り上げる。そうして出来上がった施設では、その施設を選んだほかの天国の住人と一緒になって過ごすことが出来るってわけだ。ゲームのマッチングシステムにも似てるな。まあ、とにかく天国じゃどこに行っても人がいて一緒に楽しい時間が過ごせるってことが大切だ。よほど特別な施設でない限り、大抵はそこに人がいて一緒に何かできる。
他人がいるのが怖い人間もいるだろう。実際俺もその口だったが、安心してほしい。言語の壁もなければ、人見知りすら発動しない。生きていた時は初対面の人と全くしゃべれなかった俺が、ナンパまでするようになるのだから、天国というのはすごい。それでも一人になりたいときは自分の家に帰って鏡の中に入ればいい。誰もいない自分の天国が広がっている。
そういえばこのナンパ体験から気づいたことなのだが天国には苦しい、恥ずかしい、悔しい、妬ましい…などの負の感情が発生することはほとんどない。みんなから褒められて恥ずかったりといった+の向きの負の感情は発生するが、苦しさを伴う、マイナスの向きの負の感情は全くないのだ。そもそもそういった感情が発生する要素がないともいえる。出会うのはみんないいやつばかりだし、朝からうまいもの食って遊ぶだけ。苦しいはずがない。
天国での過ごし方は十人十色だ。俺は遊び暮らしているだけだが、中には生前仕事をやりがいのためにやっている奴もいる。そいつらはそいつらで楽しそうに毎日を過ごしている。今日は何が上手くいったとか、明日はこうしたいとかを居酒屋で語りながら騒いでるのをよく見るよ。つまるところ、ここじゃみんなが幸せなのさ。
そしてここからが俺が一番伝えたい内容だ。今までのは序章の序章だから飛ばし読みでいい。天国にきてから結構たってから気づいた、天国の面白いルールを教えよう。
天国では新しいことが出来ないのだ。
正確に言うと、全く新しいことが出来ない。俺の場合、生涯童貞だったため、女を口説いてもワンナイトとか、ハーレムとかが全くできないのだ。ほかにも俺は働くことが出来ない。バイトすらしてなかったので社会の一員として働き、お金を稼いで、自分に還元する。一人の自立した人間として生きることもできないのだ。いつかやろうと思っていいた、無人島でのサバイバルもできない。できたらいいと思っていたピアノとかギターも弾くことはできない。
「おいおい、ふざけんな、それじゃ生きていたころを永遠に繰り返すだけじゃないか!天国が楽しいなんて嘘だったんだな。」と思うかもしれない。でも安心してほしい。新しいことすべてが出来ないわけではないんだ。俺の場合、生きている間にゲームを散々やってきたおかげで、天国でも古い作品から最新作のゲームまで無制限に楽しめる。
これは俺の推測だが、生きている間にやりこんでた趣味やスポーツは同じジャンルであれば制限なくできるようだ。といってもどのような線引きがされていて、どのくらいやりこめば制限が解除されるかもわからん。(さっきのナンパがいい例だ。生前はナンパなんてしたことないのに、こっちではできる。)でもとにかく俺は最新のゲームを快適にプレーできる。ほかの例を挙げると、スポーツもメジャーなものは一通りできる。サッカー、野球、テニス、バスケ…今のところやろうと思ってできなかったスポーツはない。ガキんちょの時の俺は、結構活発な男の子だったのさ。
話を戻そう。新しいことが出来ないって話だ。いや、もっと正確に言うなら挑戦が出来ないといったところか。あの何かに挑戦する高揚感や緊張感を天国で感じたことは一切ない。青春をささげた部活の試合前の緊張と期待が入り混じった気持ち、何百時間と勉強してきた成果を出す入試本番前の気持ち。目標を自分でたて、努力し、本番を迎える、このプロセスで生まれる感情が一切生じない。
ゲームやっててもただ楽しいだけ。バスケでワンオンワンをしても遊びで終わる。サッカーをやっても全力で勝ちにこだわれない。みんな真剣にやれないようになってるんだ。
このシステムというか、ルールみたいなものに気づいたときは妙に納得したものだ。ああ、だから毎日楽しく過ごしているのに満たされてないと感じるんだってな。
天国にいるほとんどの奴はこのことに気づいていない。みな多少の違和感は感じるものの、すぐに楽しいこといふけって忘れてしまう。それが天国に存在する人の正しい在り方なのかもしれないけどな。天国ってのはそういうとこなんだ。俺は天国にきて楽しいだけじゃ幸せになれないんだと知ったよ。ここは最高に楽しいけど、時々本当に空虚に感じる。自分が天国で成し遂げたことが何一つないからな。天国にきて8年くらいたつけど、その8年は書き起こしても1ページにもならないだろう。そういうことを考えると、生きていた方がよかったかもと思う。まあ、すぐに楽しいことで忘れちゃうんだけどな。
さて、天国について語ったところで先に死を経験した人生の先輩としてお前にアドバイスをやろう。生きてる人間には苦しいことがつきものだ。それこそ俺みたいに自殺する奴がいるくらいにな。でも同じくらい大切で面白いことがある。それは新しいことに挑戦したり、触れたりすることで得られる、あの何とも言えない高揚感だ。人生の面白さはそこにあるんじゃないかと18歳で死んだ若造が語ってみる。
こんなきれいごとで何とかなるようだったら自殺なんか考えてないって?そりゃそうだ人生ってのは思い通りにならないもんだからな。生きていれば本当にどうしようもないことはいくらでもやってくる。毒親の元に生まれた、病気や障がい、不況、事件に巻き込まれることだってあるかもしれない。人間一人じゃ太刀打ちできないことはいくらでもある・だから俺はお前が人生を終わらせたいと思うことは否定しない。俺自身自殺してるしな。もし、お前が自殺しても天国で話を聞いて、一緒に泣いてやるよ。
でも本音を言うなら何したっていいから自分で自分を終わらせないようにしてほしい。後ろに戻ってもいい、途中で休んでもいい、他人の足を引っ張って転ばせてもいい、なんだったら全く別の道に進んでもいい。どんな状態でもいいから生きていることに価値があるんだ。歌でよく、「君たちは無限大の可能性を持っている」ってあるだろ。あれは割と正しいと思ってる。無限大はさすがに言いすぎだが、大事なのは可能性があるってところだ。
人生において、まだ死んでないだけみたいな状態になることもあるだろう、でもそれでいいじゃないか、まだ死んでないんだから。これから先なんとかできる可能性があるんだから。数年後にはあの時はつらかったって話せる日が来る。断言してやる、どん底で悩んで、苦しんで、踏み出した一歩は絶対に自分の芯になる。それが、逃げるという選択だったとしても、後回しにするという判断だとしても、そこに大きな感情がある限り、あれのおかげで自分がいると思える日が来る。
俺自身もそうだ。自殺したことを後悔することは正直ある、でもあの時の自分はいっぱい考えたし、苦しんだ。その判断に後悔はあれど、否定の気持ちは一切ない。
まあ、なんだ、なんか熱く語っちまったが、お前の生き方にとやかく言う権利は俺にはないが、なるべくなら自殺はしない方がいいかもな。
お前が生きてる世界じゃお前は主人公じゃないし、物語にすら出てこないようなモブかもしれない。でも、お前視点の話はお前にしか作れないんだ。社会にとってお前は代替の効く部品でしかないかもしれない、でもお前の周りの人間にとってはお前はかけがえのない存在だ。「そんなの、さんざん言われてきたよ。」ってか。おいおい、具体的に数字で説明してやろうか。ダンバー数という概念をおしえてやろう。これはな、人間が知り合いとして付き合っていける人数が200人くらいという話だ。人間として社会に所属している以上、挨拶程度であれ、何であれしゃべる人間くらいいるだろう?そいつにとってお前は200人の特別な関係、知り合いの一人なんだ。「おい、知り合い程度で特別って言わねーだろ。」って?200人だぞ、日本人だけで何人いると思ってるんだ。めちゃくちゃ特別だろうが。
あんまり周りと比べるな、胸を張れ、自分が主人公の物語を紡いで見せろ。そしていつか最後の時が訪れ、天国に召されたら、俺にお前の話を聞かせてくれ。そしたらいろんな奴らと笑いながら話せるだろうな。いまからお前の話を聞くのが楽しみだ。土産話を天国で首を長くして待ってるよ。ああ、急がなくていいぜ、天国には楽しいことがたくさんあるんだ、待つことは苦じゃない。毎日が生きてた頃より楽しいからな。待ち合わせは牛丼屋にしよう。またお前と会える日を心待ちにしてるよ。さらばだ、兄弟。アデュー‼
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