表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

不思議なラジオ

作者: bia

 僕の部屋には幼い頃に祖父から譲って貰った古いラジオがある。


 子供の頃は壊れて音の出ないそれは両親にとってはガラクタのようで何度か捨てられそうになったが、その都度泣きながら怒り抵抗した覚えがある。


 両親が根負けしてからは僕の部屋にインテリアの一部として飾られていた。


 子供の頃から僕はそのラジオが異常なほど好きだったのだ。


 年頃になり恋人が出来、結婚し、子供が産まれても尚捨てることなくラジオは常に僕の側にあった。


 僕は現在男手一つで息子を育てていた。愛する妻は息子が七歳の時に鬼籍に入ったが再婚の予定もない。




 ある日の晩、その日は息子の誕生日だったので予約をしていたケーキを引き取って帰路に着いた。


 息子は小学校の高学年になり、今では簡単なご飯を作ってくれるようになっていた。

 今日もきっと美味しいご飯を作ってくれている事だろう。

 誕生日の日ぐらいは外食にしようかと言ったのだが、自分で作った方が美味しいし安上がりだからと言い外食は断られた。

 誰に似たのか本当にしっかりした子に育っている。


 そんな息子の為にと、サプライズで彼の好きなケーキをプレゼントと共に渡そうと思ったのだ。

 喜んでくれるといいのだが。


「ただいま」


 声をかけながら玄関に入るが途端に違和感を覚える。

 何時もなら台所の照明がついている時間にも関わらず、そこには暗がりが広がるだけで物音一つしないかったからだ。


 冬の寒さだけはない寒気が背中を駆け抜けた。


 息子は、どこだ。


 嫌な汗をかきながら先ずは電気をつけ台所を覗く、いない。台所から続く居間にも姿はない。

 二階へと上がり息子の部屋をノックしてから返事も待たずにドアを開くが、いない。


 まさか僕の部屋か。


 自分の部屋のドアに手をかけ開くとベッドにもたれ掛かるようにして息子はいた。


 何だ、寝ていたのか。


 あの玄関で感じた寒気はなんだったのか。安心して息子に近付けばその傍らには僕が大事にしているラジオが置いてあった。


 息子も小さな頃からこういったアンティークなものに興味を持っていたので見ている内に寝てしまったのだろう。


「おい、もう夜だぞ起きろ」


 声をかけ肩を揺するが息子が起きる気配はない。どれ程深く眠りに落ちているのかと呆れていると音がしない筈のラジオから聞き覚えのある声が聞こえてきた。


『…さん、父…ん…父さん!』


 ノイズ混じりに聞こえた声は紛れもなく息子のそれだった。

 何故ラジオから息子の声が、何かの悪戯か。


 そう思い再び息子を起こしにかかった。


「おーい、寝た振りして遊んでないで早く起きろ。下にお前の好きなケーキもあるぞ」


「とぉおさん…」


 今度は息子の口から機械音の様な不自然な声が漏れた。

 それはまるでラジオをチューニングしている時のような電波によって強弱がついた声に思えた。


 ここで寝ているのは息子で間違いないが言い得ぬ違和感に捉えられ、その場で金縛りにあったかのように動けなくなってしまった。


「…ぁきこ…ぇる」


 息子は寝た体勢のままで歪な声を発し続けた。


「…きぃ…いてほしぃこ…がぁある………さんねんご……の…きょぉは…ぅちにかえった…だめ…こ」


 そこまで言ったときに不意にラジオが甲高い音を出した。

 まるで叫び声のようなそれは聞いているだけで総毛立った。


 とんだ怪現象に普段はおばけの類いなど一切信じない僕でも、ただ事じゃないと思うに至った。


 急いで息子を抱き寄せラジオから距離を取るとその奇怪な音は止んだ。

 しかしこれだけの騒ぎがあっても胸のなかにいる息子は一向に目を覚まさない。


 ぴくりともしない息子に焦れて不安から冷や汗が止まらない。僕は起きてくれと祈りながら声をかけ揺すり続けた。


 何度めかの声掛けで反応が返ってきた。

 しかしそれは、まるで溺れているかのように苦し気にもがくというもので、息が出来ないのだろうか。焦って大きな声で息子の名を呼べば閉じられていた目が開いた。


 息子は肩で息をしながらしばらく辺りの様子を目だけで伺っていたが、僕と目が合った途端に叫んだ。


「父さん、逃げよう。ここにいたら殺される!」


 混乱しているのか息子は胸から抜け出すと僕の手を握り立ち上がった。


 ちょっと待ってくれ、どういうことだと声をかければ、息子は僕が帰ってきたままでコートすら脱いでいない姿を見てきょとんとした表情になった。


「父さん、今日は何年の、何月何日なの?」


 突然おかしなことを聞くものだと思いながらも答えた。


「今日は二千八十年の十二月十日。お前の十二歳の誕生日じゃないか」


 先程のラジオの一件も気になるが今は息子の方が大事だ。身体に異変はないか、痛い所や苦しい所はないか聞いていく。

緩く首を振り、大丈夫であると伝えて来た。


少し話したことで落ち着きを取り戻したらしい息子に何があったのか詳しい話を聞くことにした。



「俺、今日は学校が終わってからすぐに帰って俺も父さんも大好きな唐揚げを大量に作ろうと思ってたんだ。俺の誕生日だし」


 そして二階の自分の部屋にランドセルを置いてから買い物に出ようとしたそうだ。いつもすまない、ありがとう。


 階段を上がるとどこからか音が聞こえてきたので、僕の部屋のテレビがつけっぱなしになっているのだと思い、消す為に部屋へと入ったがしかしテレビは消えていた。


 それならどこから音がしているのかと部屋を見渡した時にラジオが目についた。


 僕からはラジオは鳴らないと聞かされていた息子は、しかし何かの加減で電波を拾ったのだと思ったそうだ。

 ラジオを手に取るとザーザーとした音に混じって別の音が聞こえていたそうだ。


 ボリュームを上げれば聞こえていたのが誰かの話し声だと分かったが、それはラジオドラマでも流れているのかと思う様な男女が揉めている音声だった。


 迫真の演技に聞き入ってしまいベッドに腰掛けてどういう話なのかを考え始めた所で急に目眩がして、次に目を開ければ目の前で男女が言い合いをしていた。

 まるでラジオから聞こえていた音声の続きのようなそれに暫し呆然として見ていると、男性の姿形が僕にそっくりであることに気が付いたそうだ。


 驚いて声をかけようとしたがその場から動くことも声を発することも出来ずにただ見ていることしか出来なかったと。


 僕に似た男性は半狂乱で女性に向かって詰め寄っていた。

 女性の方は私は悪くないと叫び手に持っていた鞄を漁ると中から包丁を出してきた。

 どうするつもりかと、冷や汗をかきながら見ていれば女性は躊躇うことなく男性を刺した。何度も何度も。


 あまりの光景に見ていられなくて目を反らせば足元の違和感に気が付いた。何か柔らかいものを踏んでいたのだ。

 ベッドから座った姿勢のままで目線を下に遣ればそこには変わり果てた自分の姿があったそうだ。


 何と言う不吉な夢か。そう思い早く目覚めろと自分に言い聞かせていると女性が勢いよくこちらを向いた。

 目が合ったと思った瞬間、女性は『気のせいね。』と呟いてその場で自分に刃を突き立て自害した。


 嫌な夢だ、折角の誕生日にと思った次の瞬間にはまた男女の言い合いが始まった。


 刺された筈の僕に似た男性もそんな事は無かったかのように動いている。しかし全く同じ展開を迎え刺し殺されてしまった。


 何度か同じ事を繰り返し見せられた息子は、もういい加減にしろと思ったその時に不意にラジオが気になったという。

 目の前の男女の言い合いは無視してラジオを弄ろうと思ったのだと。


 思えば目眩が起きる前にラジオを弄ってからこの変な現象は始まったのでラジオをどうにかすれば抜け出せると、その時に確信したそうだ。


 何度か男女が死んだ頃、ラジオに反応があった。


 女性の恨みがましい声が流れてきたそうだ。


『二千八十三年十二月十日、あの男の最愛の息子を殺してやる。

 絶望を味わせたあとであの男も殺す。そして私も死ぬ。そうすれば皆ハッピーだわ。あの世で仲良く家族になりましょうねぇ』と、それからバースデーソングを口ずさんでいたところでラジオはぶつりと切れた。


 どういうことかと、ラジオを叩いたりダイヤルを捻ったりしていれば今度は自分の声が聞こえて来たという。


 玄関が開く音、誰か居るのかと問う自分の声、そして階段を上る音に逃げ惑う様な足音と悲鳴。

 何かを引きずる音。沈黙。


 恐らくはこのラジオの前で起こったのだろう事件が音声で伝えられているのだと直感したそうだ。


 息子が思うにきっと、女性が不法侵入し、自分を殺し、父さんを殺した。このラジオはそれらを見ていたのだと。


 しかしどうすれば現実世界に戻れるのかは分からないままだった。

 相変わらず目の前では男女が言い合い殺人が起きている。何か鍵がある筈だ。

 何故このラジオは自分にこのような場面を何度も見せるのか。

 女性の顔も覚えてしまった頃、最近僕のアルバムを見たときの事を思い出したという。

 大学時代の僕の写真は同期の連中と一緒に撮ったものが多数あった。

 妻とも大学で出会い結婚したのだ。

 その写真の中に目の前の女性の面影がある人物が写っていた気がしたのだと。


 息子は記憶力が良いので恐らくその事に気が付いたんだろう。


 息子はこの女性があの写真と同一人物かと疑いの目で見るようになると今度は最後のシーンで、女性と明らかに目が合ったと思う瞬間が出始めたという。


 女性は『気のせいね。』とは言わず、『誰か居るんでしょう、出てきなさい!』と叫び始めたという。


 事実に気付いたから変化が起きたのだと又しても直感した息子はラジオを使ってこの出来事を現実世界に伝える事が出来ないかと思い、滅茶苦茶にチューニングして反応が合ったところで必死に喋ったのだという。


 恐らくそれが僕の聞いたラジオから聞こえた声や息子が喋っていた不気味な声だろう。


 息子がラジオに向かって必死に喋っていると背後から男性を刺した女性が近付いてきて言ったそうだ。


『殺したはずなのに、なんで生きてるの?』と


 今まで見えていなかった筈の自分の姿が見えていることに焦り、咄嗟に持っていたラジオで女性を殴ろうとしたところ動けたはいいが簡単にかわされてしまい逆に首を絞められたという。


 もう駄目だと思ったときラジオから耳を塞ぎたくなる異音が聞こえて気が付いたら僕の胸に抱かれていたのだそうだ。


 これが息子の身に起きた話だという。



 聞き終わった後でアルバムを引っ張り出し息子にどの人かと聞いたところ、一人の女性を指差した。


 それは最近中途採用でうちの会社に入ってきた女性だった。


 確かに同僚から出身大学は僕と同じだと聞いていた。


 僕はフロアが同じだけで課が違うのに妙に親しげに話しかけてくるこの女性に辟易としていたのだ。


 その女性が写っている写真も、一緒に撮ったというよりは端の方で写り込んでしまったというレベルのものだ。息子もこんな写真でよく顔を覚えていたものだと思う。



 仮に息子の見たものが未来で起こりうる姿だと言うのならば絶対に避けなければならない。


 僕は一晩悩んで今のキャリアを捨て新天地へ行くことを決めた。

 息子の命には変えられないからだ。

 ちょうど中学へ上がるタイミングで助かった。

 会社には悪いがまだ三ヶ月ある。引き継ぎは出来るだろう。



 この事があった後、祖父も昔このラジオで命拾いをした事があると聞いたことを思い出したので、まあそういうことなのだろう。



 これからもこの不思議なラジオは大事にしていこうと思う。









評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] ストーカーはホラーの定番ですが、それを「電波」という形で繋げたところが楽しめました。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ