【シリアス?】急展開は日常の中で
あの夏の日の出来事を、俺は一生忘れることはないだろう。
「タマキ~、いつまで寝てんだ。もう授業終わったぞ」
うだるような暑さだった。
眠気との闘いがようやく終わり、次の移動教室へと向かう準備の途中。
友人のルイがタマキを起こす声が聞こえた。蝉の合唱が響く、いつもと変わらぬ教室の風景。
「二人とも何やってんだ? 授業遅れるぞ」
「それがタマキの奴、全然起きなくってさ。お~い、次の時間、美術だぞ? カトセンに叱られても知らな…………タマキ?」
ふと、タマキを揺するルイの手が止まった。
彼の顔が徐々に青ざめていく。
「どうしたルイ? 早くしないと置いていくぞ」
「大変だタイチ! た……タマキが……!」
ルイの表情に、異様な予感を感じる。
俺はタマキに近づき、首元に触れた。
瞬間、息を呑む。
「…………し、死んでる……」
ウソだ、と思った。
ありえない。だって……つい一時間前まで、一緒に話していたのに。
「……なんで、…………どう、して……」
「タイチ! こ、これ……!」
ルイが床に落ちていたモノを拾って、俺に見せてきた。
それはタマキがいつもかけていた眼鏡で。
誰かに踏まれたのか、レンズは割れ、フレームはいびつに歪んでいた。
「……そん、な……」
タマキは毎日この眼鏡をかけていた。
いつしか「眼鏡の方が本体なんじゃないか?」なんて冗談が、仲間内で広がるほどに。
――でも、もしそれが冗談じゃなかったのだとしたら?
「なぁ……ウソだろ? ……ウソだって、言ってくれよ……!」
俺の問いに、タマキ(眼鏡)は答えなかった。
まるで無機物のように、冷たく、現実だけを突きつける。
俺達は眼鏡に――タマキの本体に語りかけた。
「こんなに早く逝っちまうなんて……! もっと優しくしてやればよかった……」
「ごめん、な……! おまえから借りた昼飯代500円、返せなくてごめんな……!」
「俺も……おまえの部屋からパクった漫画、ずっと大切にするから……!」
「いや返せよ二人とも。あと勝手に殺すな」
むくり、とタマキはうつ伏せの身体を持ち上げた。
そして鞄から別の眼鏡を取り出して、装着する。
「それ、さっき僕が寝ぼけて自分で踏んじゃったんだよ。そのあと拾うのもダルくて寝落ちしたけど」
「よ、よかったぁ……!」
「まだ残機、残ってたんだな、タマキ!」
「うるさい! てか予備の眼鏡のこと残機って言うな!」
なんて、こんなくだらないやり取りが思い出として残るほど、俺達の日常は平和に満ちていたのだった。
【お題:夏、壊れた眼鏡 テーマ:バカげたノリ 文字数:1000字】