【ローファンタジー】魔女とロボットと人の心
満月の日の深夜零時。
窓から差し込む月光が、図書館の奥の床を照らし示す。
そこに地下へと続く隠し扉があることを、ボクは知っている。
扉を開け、現れた石階段をコツリ、コツリと降りていく。
手元のランプで足元を照らして、慎重に。
隠し部屋の奥では、一人の魔女が机に向かっていた。
彼女の足元には魔法陣が描かれていて、照明の代わりに部屋全体を淡い緑色で照らす。
その光景は息を呑むほどに神秘的で、ロボットのボクでさえ見惚れてしまう。
「お世話になります」
「あらいらっしゃい。先月ぶりね」
ボクに気がつくと、魔女さんは振り向いて微笑んだ。
机上の試験管を、慣れた手つきで取って揺らす。
そして光る液体の入ったそれらを数本、コルク栓をしてボクに差し出した。
「はい今月の分。一本三千円ね」
「また値上げしたんですか?」
「仕方ないでしょ、ここ最近赤字続きなのよ」
肩を竦める魔女さんから試験管を受け取る。
そこでボクは、思わずうつむいた。
いつもならすぐに飲み干すところを、思いとどまる。
「? どうしたの、元気なさそうだけど?」
「……あの、……この薬って、ボクに人の心を与えてくれるんですよね……?」
「ええ。まあ正確には薬じゃなくてオイルだけどね。あなた機械だし」
「それはいいんです。でも……」
ボクは思い切って、この一ヶ月間悩んでいたことを、吐露する。
「……本当に、効果があるんでしょうか?」
「というと?」
「……わからないんです、人の心が。いくらこのオイルを飲んでも、目の前の人間が何を考えているのかさえ、わからなくて……」
それとも、魔法のオイルだけでは足りないのだろうか。
この図書館にある無数の知識。そのすべてを読み尽くせば、人の心がわかるようになる?
……とてもそうは思えない。
「なるほどね」魔女さんはクスリと笑った。
「あなたは三つ、大きな勘違いをしている」
「かん、ちがい……?」
「そう。まず一つ、あなたは私の力を侮っている。そのオイルは確かにあなたに心を与えているわ」
魔女さんが胸を張って、指を立てる。
「二つ、人間誰もが人の心をわかっているわけではない。他人の心なんてそうそうわかりっこないものよ。そして三つ」
魔女さんはにっこりと、ボクの目を覗き込んだ。
その瞳には、思い悩むボクの姿が映り込んでいて。
「今のあなた、すっごく人間っぽいわよ」
「え……」
その言葉には魔法が込められていたのだろうか。
気づけばボクの胸の奥は、軽くなっていた。
【お題:緑色、ロボット テーマ:心とは 文字数:995字】