【推理】死亡フラグ探偵マサ
「この中に殺人犯が潜んでいます」
クルーズ客船のパーティ会場。
たまたま居合わせていたという探偵の言葉に、乗客達がざわついた。
「今日の夕方頃、203号室の浜崎陽さんが何者かに刺殺されました。死亡推定時刻は今から約1時間前。浜崎さんの部屋には内側から鍵がかかっており、完全なる密室でした。使用された凶器はナイフと思われ――」
探偵が説明する間も、不安と恐慌がエントランス内に波及する。
青ざめる者、疑心暗鬼になる者、泣き叫ぶ者。
船内はパニック状態となり、悲鳴と混乱が渦巻いていた。
「皆さん落ち着いてください。私は探偵です。必ずやこの事件を解決――」
「ふざけるな! こんな状況で落ち着けるかよ!」
と、一人の男が声を荒げ、周囲の注目を引く。
「殺人犯と一晩ともにするなんて御免だぜ! 俺は明日故郷に帰ったら結婚するんだぞ!」
「待ってください。せめて皆さんのアリバイが証明されるまではここにいて――」
「うるさい! こんなところにいられるか! 俺は部屋に戻らせてもらう!」
そう言い残し、男はさっさと自室にこもってしまった。
男の身勝手な行動を咎める者は一人もいない。
それどころか、彼の行動を皮切りに聴衆達は次々と解散。
最早捜査どころではなく、探偵は溜息をつくしかなかった。
次の日、男は朝食の席に姿を現さなかった。
食堂ではあちこちでヒソヒソ話が散見された。
あの男は次の犠牲者になったのだ。
そんな噂に探偵は「だろうね」と嘆息し、
「犯人が分かった」
そのとき、食堂に男が現れ、乗客一同息を呑んだ。
吐血と喘鳴を繰り返し、脇腹にはナイフが刺さった状態で壁に倒れ込んだ彼の手には、気絶する誰かの襟首が握られていた。
「浜崎さんは刺殺されたんじゃない。毒殺されたんだ。鍵のかかった自室でペットボトルのお茶に盛られた毒を飲んで死亡し、後から入室した犯人が死体にナイフを突き立てた。そう、つまり犯人は第一発見者の高本優――コイツだ! 俺がこの身で確かめた!」
そう言って男は捕まえていた人物と、空のペットボトルを投げるように突き出す。
「おまえ……まさかそのために……!?」
探偵は気がついた。
昨夜の男の派手な言動。それは犯人をおびき寄せ、自らが囮となるためのフェイクだったのではないかと。
戦慄する探偵と乗客達に、男は得意げな笑みを浮かべて。
「別に一般客が犯人を捕まえても構わんのだろう?」
のちに『死亡フラグ探偵マサ』と呼ばれるその男は、得意げに語るのだった。
【お題:特になし テーマ:逆転の発想 文字数:1000字】




