【青春】旅の始まり
ときどき、現実の人間社会が無性にイヤになる日がある。
学校とか、塾とか、愛想笑いの友達関係とか。そうゆうのを全部、ごっそり投げ捨てたくなるんだ。
今日、私は学校をサボった。
今日が“その日”だったからだ。
目的地もなく、ただできるだけ遠くへ。
そんな思いで、いつもの通学とは反対方面の電車に飛び乗った。
乗り換えも挟んで、あれから二時間は電車に揺られている。
「……今頃みんな心配してるかな」
心配してくれてたらいいな、なんて思う。迷惑には思ってほしくないけれど。
気づけば車窓の景色が、灰色から緑色へと変わっていた。
どこまでも広がる青空と、民家を囲む木々や田畑。流れる小川の水は透き通っていて、窓越しでも河底が見えた。
これがデータの画像じゃなく、目の前の光景だってことがちょっと衝撃的。
「……きれい」
思わずスマホのカメラをかざそうとして、やめる。
そうだ。私は今日一日、スマホをいじらないって決めてたんだった。
サボると決めた直後、親と友達に一報入れたのを最後にスマホは封印した。電源を切ってリュックの奥底に眠らせてある。
電話もネットもSNSも禁止。そうでもしないと、絡みつく社会のしがらみからは逃げ切れない気がしたから。
間延びした車内アナウンスが次の停車駅を告げた。
知らない駅名だ。ここで降りてみようか。
気づけば乗客は私を含め、三人だけだった。あとは主婦っぽい人と、おじいさんが一人。停車して立ち上がったのは私だけ。
たった一人での下車。でも不思議と不安はない。
むしろ非日常な光景が私の心をそわそわさせた。
駅に降り立つと、背後でプシュッとドアが閉まった。ガタゴトと電車が去っていく。
人も車もない。澄んだ空気が肺を満たして、私の汚れた心を浄化する。
……さて、行きますか。
私の小さな旅はここから始まる。
もう一度息を吸って、吐き出して。改札を出ようとしたところで……ふと足を止める。
「…………あれ?」
改札、どこにあるんだろ……?
駅員さんに尋ねようにも、そもそも周りに人がいない。ただホームの出口には『切符入れ』なるポストがぽんとあって、そのまま外の道路に直結している。
膨れ上がる嫌な予感。
「これって、もしかして……」
噂に聞く『無人駅』ってやつ?
え……こんなとき、どうすればいいんだろう? ICカード、タッチできないけど、これこのまま出たら無賃乗車になる、よね……?
「…………」
私は、少しの間だけ考えて。
封印したスマホを解禁した。
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【お題:遠くへ テーマ:旅 文字数:1000字】