優秀なバイト
――本編より少し前のお話
森口尊奈は焦っていた。
来週には毎年恒例の例大祭が開かれるというのにバイトの巫女が足らないのだ。派遣業者にも問い合わせてみたがどうにもならない。神主である自分の責任と感じながらも、古くからの氏子の皆様に責められるかと思うと憂鬱な気持ちが抑えられない。いやそれよりももっと怖いのが…
「こらあ!ソンナシ!バイトの巫女見つかったのかよ!」
威勢の良い掛け声と共に私の個室に堂々と入ってくる少女。見た目のかわいらしさとは裏腹に凶暴という言葉を身にまとったような彼女は南場 一子、ワンコさんと呼んでいる常勤の巫女だ。
「いやーそれがなかなか見つからなくって。」
愛想笑いをしながら返答をすると鳩尾に強烈な当身をかまされ、思わずかがんだところを素早く右襟を捕まれた上に高速で右脚を払いあげられ床に転がされる。
「いたい!なんなんですかもう…」
半泣きになりながら問うと
「山嵐だけど。」
いや技名聞いてるんじゃなくて。
「そんなことよりどうするつもりなんだよ。私一人じゃ無理だぞ。」
そんなことって青痣できてるんですけど。というかワンコさんなら一人でも何とかしてくれそうなものだが。
「可能であるのと実際にやるかはイコールじゃねえからな。」
仰る通りです。
「解決策考えないなら思いつくまでぶん投げてやろうか。」
その言葉を聞いた瞬間に脳を経由しないで条件反射的に言葉が出てきた。
「何とかします。」
言ってしまった。満足したのかワンコさんは自分の部屋へ戻っていった。
どうする。適当な嘘をついたとなれば山嵐どころか河津掛けか足緘による制裁が待ってそうだ。
そんな技をかけられたら身体がバラバラになってしまう。
こうなりゃ知り合いに片っ端から声を掛けるか。とスマホを開く。
あ、そういえば『ピピネビ』やらないと。『ピピネビ』とは最近ハマってるいわゆるソシャゲというやつだ。
知人に連絡もせずゲームに耽っているとゲーム仲間が話しかけてきた。
「課金がきついからいいバイト知りませんかね。」
マコという名のこの子は大学生だったはずだ。大学生でこのゲームの課金はきつかろう。
「こっちは人出が足らなくて困ってるんですよー。うちを手伝ってくれたらいいのになー。」
と冗談半分に言うと興味津々な様子で根掘り葉掘りと聞いてきた。
「たしかお住まい近くでしたよね。バイトやらせてください。」
ラッキー。やっぱり私はツイている。サボってたのに仕事につながった。
早速明日神社へと面接に来てもらうことにする。
翌日。面接に来たマコちゃんは想像以上に可憐な容姿をしていた。後ろに束ねた黒髪にやや童顔な顔つき。質問に対する受け答えもよくこれならバイトとして全く問題ないと即採用を決めた。これでワンコさんにも大きい顔ができるというものだ。
「じゃあ臨時のバイトなんだけど練習を兼ねて今日の午後から入ってもらえますか。」
と聞くと快諾してもらえた。いい子だ。老後の面倒もこういう子に見てもらいたいものだ。
マコちゃんは覚えもよく、一通り仕事を教えると卒なくこなしてくれた。
ワンコさんからもソンナの癖にいい人材見つけて来たなとお褒めの言葉をいただいた。雇用主私なんですけどね。
夕方になり今日はもう終わっていいよと声を掛ける。マコちゃんのお陰で仕事が大変捗った。助かりましたと伝える。
「いえいえ。お気になさらず。こちらも助かりました。」
謙虚ないい子だなあ。マコちゃんが続けて口を開く。
「じゃあこれ今日のバイト代です。」
そのセリフは私のですけど。マコちゃんから突然伝票を渡される。
そこに書かれていた金額は通常のバイト代の2倍以上のものだった。
「え…なにこれ。」
マコちゃんが畳みかけるように労働契約の契約書を交わしてないこと、契約書を交わしてない以上労働に従事させるのは違法であること、神社という性質上、労働基準監督署からの査察が入れば近隣の悪い噂になり致命的なことになることを矢継ぎ早に申し付けられる。
その上でいつ作ったか分からない手製の雇用契約書に署名するよう求めてきた。
「払いたくないんですか。」
満面の笑みで問いかけてくる。この子怖い。
払いたくないけど払わないと大変なことになるのは容易に想像がついた。
署名をし渋々、お賃金を渡す。
「毎度。じゃあ例大祭の時もよろしくお願いします。」
これはやばい奴と契約を交わしたのではと思いつつ、ワンコさんに大きい顔をした以上、彼女を断るわけにもいかなくなってしまった。
「ははっ。」
乾いた笑いだけが誰もいない境内に響きわたる。
これからマコちゃんとの付き合いは長くなりそうだなと黄昏るばかりであった。