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魔物に跨がった敵と大通りでカーチェイス


 男によって召喚された魔物たちは低くうなってこちらを威嚇する。

 こっちの世界の猟犬や狼なんて可愛いものだ。それ以上に凶悪で、強靱で、獲物を狩ることに躊躇がない。異世界にはこんな生物が跳梁跋扈しているという。間違っても迷い込みたくはない世界だ。

 ただこのくらいの数ならまだ対処できる。


「ビビッド! 刀を頼む!」


 そう叫ぶと同時に、魔物が押し寄せてくる。


「オッケー!」


 元気な返事が聞こえ、背後から風を切る音がする。

 前方ではいの一番、一番槍を担う魔物が地面を駆けて跳ねる。

 剥き出しの牙がこの身に突き立てられるまで、もう一秒と掛からない。

 しかし、俺はそれよりも速く動き、背後から投げ渡された刀を掴み取った。


「サンキュー、ビビッド!」


 振り向きざまに一番槍の魔物へと一撃を見舞う。肉を断つ感覚と、視界に散る鮮血。果敢にも跳びかかった魔物は斬り払われて命を落とした。

 亡骸が地面に横たわり、血の海に沈む。


「嫌な気分だ」


 脳裏に過ぎったのは、まだ新入生だったころの記憶だ。

 初めての実技授業が魔物を殺すことだった。

 誰かに召喚されなくても、魔物は時折この街に現れる。実技授業は危険から身を守るためのもの。不意に魔物に遭遇した際、トドメを戸惑わないように初めの授業で命を奪うことを学ぶのだとか。

 それはもう阿鼻叫喚だった。

 虫を殺すのとは訳が違う。自身とそう変わらない大きさの一つの命を奪うのは、精神的なダメージが大きすぎる。死の瞬間、瞳から生気が失せる様を見て、動揺しない奴はいなかった。

 ほとんどの生徒が泣いていたし、泣かなかった奴も気分が最低まで落ち込んでいた。

 その時の暗い感情が、先ほどの一太刀で蘇ってしまった。


「とはいえ」


 こちらの事情に魔物が配慮してくれるはずもない。

 次々に迫る魔物への対処をするため、心の中の暗い感情を拭うように刀を振るった。

「なかなかやるな。けど」

 魔物たちを斬り伏せている間に、また地面に魔法陣が描かれる。

 斬れども斬れども、一向に数が減らない。

 それどころか。


「あばよ、仮面野郎」

「なっ」


 魔物を召喚するだけ召喚した男は、一際大きな魔物の背に跨がって逃走した。

 当然だ。奴の目的は戦闘ではなく攫った生徒を持ち帰ること。

 ここで小競り合いをしていても特になることは一つとしてない。逃走を選ぶのは必然だ。


「くそっ」


 急いで後を追おうとするも、魔物たちに行く手を阻まれた。

 一体一体斬り伏せていたら時間が掛かりすぎる。


「だったら――」


 もう一度、背中に風翼を生やして飛翔し、羽根の弾丸を魔物たちに見舞う。

 それらは誘導弾のように魔物を捕捉し、一斉にすべての個体を貫いた。


「ウォオ……ォォ」


 羽根に打ち抜かれてすべて息絶えたのを確認し、魔物の亡骸を越えて逃げた男を追い掛ける。

 まだ遠くには行っていないはず。高度を上げて視界を広げると、遠くのほうに逃げる男の姿を捕捉する。まだ十分に追いつける距離だった。


「逃がすかっ!」


 勢いよく風翼を羽ばたいて加速し、一息に距離を詰める。

 それに気がついた男も速度を上げるが、俺の飛行速度には及ばない。

 そうして射程に男を収め、羽根の弾丸を撒き散らした。


「おいおいおいおいおい!」


 羽根の雨を躱そうと、男は右へ左へと魔物の舵を切る。

 だが、それだけで避けきれるほど、風の最上級魔法は甘くない。


「くそっ、プロミネンス!」


 たまらず、炎の上級魔法が後方に撒かれ、羽根の弾丸が焼却されてしまう。

 とはいえ、まだまだこちらの残弾は残っている。その場しのぎだ。


「馬鹿野郎! こいつに当たったらどうするつもりだ!」

「安心しろ! 狙ってるのはそっちじゃない!」


 標的は男ではなく、跨がっている魔物のほうだ。

 あの体格の大きい魔物を仕留められれば男は逃げ足を失う。

 落馬ならぬ落犬したところを狙えば、攫われた学生の奪還も容易だ。


「くそがっ、こうなったら」


 羽根の雨を躱しながら、男は別方向に大きく舵を取る。

 狭い路地を駆け抜けた先にあるのは、数多の自動車が行き交う大通り。


「まさかっ」


 奴の意図に気がついた時にはすでに遅く、奴は人気の多い道路へと飛び出していた。


「なっ、なんだ!?」

「ま、魔物!? 魔物よ!」

「に、逃げろ! 喰われるぞ!」


 突然に現れた中型の魔物に人々が驚き戸惑う。

 大通りは今まさに大パニックに陥った。

 あの男は羽根の雨から逃れるために一般人を利用したんだ。

 ほかに人がいるなら、もう無闇に風の羽根を撃てない。大人しく奴の目論見に乗り、風の翼を飛行のみに使用するしかない。


「あぁ、もう!」


 俺も路地から飛び出して大通りに姿を晒して男の姿を捜索した。それは自動車のクラクションですぐに見つかる。跳んで跳ねて器用に自動車を躱しながら、中型の魔物が道路を逆走していた。

 とんでもない大事になったと頭を抱えそうになりながら、その背中を追い掛ける。


「おい、あれってアイルじゃないか!?」

「ホントだ! アイルだ!」

「マジでいたのかよ、謎のヒーロー」


 騒動を見ていた人々に俺のコードネームを呼ばれた気がしたが、とりあえずは無視。

 追い掛けることに集中し、風翼を羽ばたいた。


「お前もしつこい奴だな、仮面野郎!」

「大人しく止まってくれれば、しつこくせずに済むんだけどな!」


 真正面から迫る大型車のトラックを紙一重で躱し、次いでやってくる二階建てのバスを緊急回避。無理な体勢で躱したために高度が落ちてしまうが、普通自動車の屋根を借りて足場にし再度浮上する。


「あっぶねぇ」


 前方では大量のクラクションとブレーキの音が聞こえてくる。

 あの男が無茶苦茶に魔物を操って進んでいるのだろう。

 はやく止めないと大事故になりかねない。

 どうするべきかと思考を巡らせていると、ふと視界の端に緑が映る。

 それは緑化運動で道路の端に植えられていた街路樹だ。これを見て、ぴんと来た。

 たしかこの先は十字路だったはず。


「アース」


 唱えるのは土の最上級魔法。本来の使い道は地形操作だけれど、もう一つの側面としてこの魔法はある程度植物に干渉できる。

 俺はこの先の街路樹に干渉し、男が十字路に差し掛かったタイミングで一斉に操作する。魔法の影響を受けた街路樹は意思を持つかのようにうねり、蔓や蔦を伸ばし、男ごと魔物の四肢を縛って吊り上げる。


「なぁっ!?」


 拘束されて宙づりになった男の元から攫われた生徒が落ちる。

 その最中に駆けつけて受け止め、そのまま近くのベンチに降り立った。

 ベンチでは俺とそう歳の違わないカップルが、唖然とした表情で俺を見ていた。


「あー、ちょっとスペース空けてくれる?」

「あ、あぁ、はい」

「ちょっとごめんよ」


 スペースを空けてくれたので、抱えた生徒をカップルの間に座らせた。


「ありがと。あぁ、あと警察に通報して」

「わかり、ました」


 終始唖然としていたが、まぁ通報はしてくれるだろう。

 俺は再び飛翔して、宙づりにした男のもとへと向かう。


「よう、仮面野郎。俺にこういう性癖はないんだがな」

「そうかい。俺も男を縛るような趣味はないよ。とにかく、暴れるなよ。俺たちのアジトに案内してやるから」

「はっ、そうかよ。そりゃ楽しみだ。けどよ、見てみろよ。周りを」

「周り?」


 視線を落とすと、周囲に人が集まってきていた。

 誰もが道路の縁に立って、こちらを見ている。大きな人だかりが出来ていた。


「すげぇ人数だなぁ?」


 その言葉を聞いてようやく気がつく。

 この男がなにをしようとしているのかを。

 阻止しようと顔を上げたが、間に合わない。


「ハウンドドッグ」


 無情にも魔法は唱えられ、地面に数多の魔法陣が描かれる。

 近くにも遠くにも、無数に。


「お前ッ!」


 思わず拳を握り締めた。


「おっと、いいのか? お前が速く対処しなきゃ人が死ぬぜ?」

「それはそれとしてお前は一発殴んだよッ!」


 握り締めた拳を顔面に見舞い、急いで十字路の中心まで向かって周囲を見渡した。

 魔法陣からはすでに魔物が召喚されている。牙を剥き、爪を立て、周囲の人に牙を剥こうとしている。人々は逃げ惑い、もはや一刻の猶予もない。俺がどうにかしないと、大勢の人が食い殺される。

 出来るのか? 俺に。俺なんかに。失敗したらどうする? 責任なんか取れない。もし俺のせいで人が死んだら、どう償えばいい。ならいっそ、なにもしないべきか?

 いや、それだけは絶対に違う。


「アップグレード!」


 絶叫のように魔法を唱え、全感覚の性能を引き上げる。

 周囲の音、悲鳴、息づかい、唸り声。そのすべてを感覚で感じ取り、背中の風翼にありったけの魔力を注ぎ込んだ。


「アイルッ!」


 何倍にも肥大化した風翼を羽ばたいて、全方位に羽根の弾丸を撒き散らす。

 それは数多の軌道を描いて標的を捕捉し、狂いなく一斉に、すべての魔物を貫いて見せる。重なって連なる断末魔の叫び声。横たわるのは致命傷を負った魔物たちの亡骸。一斉に活動を停止し、この世界から一匹残らず消え去った。


「ぜ、全滅……した?」

「私たち、助かったの?」

「あぁ、助けてくれたんだ! あのアイルが!」


 瞬間、大音量の歓声が沸き上がった。

 見渡す限り、視界に映るすべての人が喜んで叫んでいる。

 その光景がとても信じられなくて、実感がなくて、現実味がなかった。

 けれど、一つだけたしかなことがある。この場にいる人たちを助けられた。


「はぁぁぁぁぁ……」


 長い長い溜息をつく。

 どうにかなってよかった。

 あとはあの男をアジトに連行するだけだ。

 そう思って街路樹へと目を移す。すると、焼け焦げた蔓や蔦が目に入った。


「しまったっ」


 急いで近くまで駆けつけるも、男の姿はどこにもない。

 俺が魔物の対処をしている間に、魔法で拘束を焼き切ったのか。


「見つけられそうにないか……」


 この人混みだ。不可能に近い。

 もっと強く殴っておけばよかった。


「――アイル」

「あぁ、そっちも片付いたか」


 無線機からイナの声がするということは、そういうことだろう。


「遠くからだけど見てたよ。よくやったね」

「あぁ……取り逃がしちまったけどな……失態だ」

「ううん。攫われた生徒も奪還したし、みんなも助けた。出来すぎだよ」

「そうか。そう言ってくれるとありがたいよ」


 通話をしつつ、ベンチのほうを見る。

 座らせていた生徒はカップルによって介抱されていた。

 頼んだのがいい人たちでよかった。


「アイル-! こっち向いて!」

「下りてきて握手して!」

「うちの店に来てくれ! なんでも奢るぞ!」


 地上からそんな声が聞こえてきて、気恥ずかしくなって遠くを見た。

 その先で警察車両の派手な色のランプが目に映る。もうすぐ警察も到着だ。その前にここを離れないと。


「じゃあ、アジトに戻るよ」

「うん。じゃあ、どこだけ合流だねっ」


 最後に地上の人たちへ軽く手を振ると、それだけで大盛り上がりする。

 それを見てまた気恥ずかしくなったので、急いでその場を後にした。


§


 その翌日の朝のこと。


「謎のヒーロー、アイル。またしても市民を救いました」


 またしてもアイルがテレビで取り上げられていた。

 必要なことだったとはいえ、今回は少々目立ち過ぎたみたいだ。

 トレンドという花が散るのは、まだもうすこし掛かりそうだった。

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