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ヒーローの正体はすぐ側にいる


 俺の裏の顔がアイルとしてテレビに取り上げられた、その翌日のこと。登校すると教室内はその話題で持ちきりだった。

 やれ正体は誰だ、男だ女だ、正義だ悪だ、どちらにせよ市民を守ったのは事実だ、とか。そこら中から色んな意見が聞こえてくる。

 まぁ、怪物になった敵を抑え込んだのは事実だけれど。市民を守っただのというのはメディア特有の誇張表現で、俺自身にそういう意図があった訳じゃあないが。

 世間ではそういうことになっているらしい。


「あぁ、ツバサ。お前はどう思う?」


 席に着くなり友人が押し寄せてくる。


「どうって、なにが?」

「決まってるだろ? アイルだよ、アイル」

「いまヒーローの是非について議論中なんだ」

「非合法の英雄は必要か否か」


 あぁ、そういう。


「お前ら好きだよな、そういうの。そんなことより試験のこと気にしろよ。もうそんなに日数ないぞ」

「あーあー、聞こえなーい」

「シケン? ナニソレ? ボクニハ、ワカラナイ……ナニモ」

「不透明な未来より、今のトレンドだぜ!」


 ダメだ。完全に現実逃避してやがる。

 大丈夫か、こいつら。下手したら留年するぞ。

 嫌だからな。学年が上がった途端にぼっちになるのは。


「でも、やっぱり行政機関に任せるべきって主張は崩せないと思うんだよなぁ」

「まぁ、やってることは結局、野蛮な暴力だしな」

「でも、それで救われる人もいるわけで。実際、難しいところだよな」


 そんな三人の議論を聞き流しつつ、頬杖をついて窓の外を眺める。

 この謎のヒーローの話題は街のほうでも見受けられた。

 登校中に見かけた店先のショーウィンドウに仮面を被ったマネキンがいたし、それが着ていたのは黒のパーカーだった。

 コンビニに寄った際に目に入った朝刊には、俺と怪物のツーショットが一面に載っている。

 普通の街ならオカルト雑誌の隅にしか載らないようなことが、この異世界と融合した街ではニュースになってしまう。

 正直、嬉しいは嬉しい。持て囃されて悪い気はしなかった。謎のヒーローの正体が俺だとここで告白したら、どんな反応をするだろうと考えずにはいられなかった。

 けれど、それが出来ない理由が俺にはある。もし正体がバレたら次に人身売買の標的にされるのは俺に違いない。俺の周りにいる人や家族も危ない目に遭うかも知れない。

 だからこそ、俺は口を真一文字に結ぶことにした。


「はぁ……」


 複雑な心境を抱えて溜息をつきつつ窓から目を外した。

 そうして何気なく隣の席にいるイナのほうを見る。

 イナは相変わらず寡黙に一人で手元にある書籍を読んでいた。

 この騒動についても無反応を貫いてくれているあたり、ありがたかった。


「――」


 ふとイナがこちらを見て、目と目が合う。

 イナは書籍を縦に持って顔をかるく隠しながら、静かに口元で人差し指を立てた。

 しー、と聞こえて来そうだった。


「よーし、時間だ。席に着け」


 ちょうどその時、チャイムが鳴り響き、同時に教師が現れる。

 謎のヒーローの話題もそこで途切れ、ようやく教室が静かになった。

 こんなことが明日も続くかと思うと辟易する。けれど、そう長くは持たないだろう。ぱっと咲いてぱっと散るようなトレンドなんて世の中に幾らでもある。

 花が散るのを大人しく待つとしよう。


§


「よう、いま大丈夫か?」


 学校校舎の玄関口にて、帰宅しようとしていると無線機からウィルの声が聞こえてきた。


「えぇ、まぁ」

「イナも一緒か?」

「あぁ、いや」

「いる……よ?」


 振り返るとイナが立っていた。

 いつの間に。


「悪いが緊急出動だ。お前さんたちの学校の近くで学生が一人、攫われたらしい」

「なっ!? 本当ですか、それ」


 そんな近くで。


「別に驚くことじゃない。ガチャで良いのが当たったら自慢したくなるだろう? 学生なら尚更だ。だから標的にされやすい」

「なるほど……」


 なら、俺もかなり危なかったのかも知れない。

 教室で固有魔法を聞かれたとき、素直に話していたらどうなっていたか。

 考えただけでもぞっとする。


「今、仲間が追い掛けてる。そいつに戦闘能力はないから、お前さんたちで対処してくれ。俺もすぐに向かう」

「わかりました」

「うん……了解」


 そこで無線機の通話が途切れ、俺たちは顔を見合わせた。


「来て……良い場所、知ってる」


 そう言ってイナは駆け出し、俺も追い掛ける。

 階段を駆け上り、向かう先はたぶん屋上だ。だが、屋上は立ち入り禁止になっていて、扉は施錠されている。無理矢理こじ開けるのかとも思ったが、イナはなぜか扉の鍵を持っていた。


「どこからくすねてきたんだ?」

「先生の中にも……仲間はいる、よ?」

「マジで?」


 一体どの教師なんだ? と尋ねている暇はなかった。

 がちゃりと鍵が開いて屋上に出る。


「あぁ、盗撮防止術式か」


 外の風を感じてようやくイナの意図に気がつく。

 学校敷地内には外部からの盗撮を防ぐための術式が組み込まれている。内部でなにをしていようとも外部からは観測できない。加えて人気のない屋上なら誰にもバレることなく、戦闘服に着替えることができる。


「チェンジ」


 魔法で学生服から戦闘服に着替え、仮面を装着してフードを被る。


「行くか」

「うんっ、行っちゃおう!」


 イナのスイッチは、すでにオンになっていた。


「アイル」


 背中に風翼を生やし、すでに屋上から飛び降りたイナを追う。当然、着地地点は人気の無い校舎裏だ。そこから敷地の仕切りを抜けて、見通しの悪い狭い路地へと侵入する。


「敵の位置は?」

「ちょーっと、待っててね」


 狭い路地を駆けながらイナは携帯端末のディスプレイを眺めて方向を確認する。


「こっち!」


 曲がり角で進路を変えたイナに従って舵を切る。

 人目に付かないようにするためとはいえ、狭い路地を経由するのは神経を使う。風の最上級魔法だけあって支柱や配管を躱すのはたやすいけれど、ぼーっとしているとすぐにぶつかりそうになる。

 夜空に浮かんであくびをするようには、いかなかった。


「もうすぐだよ! そこの角!」

「よし!」


 背中の風翼を羽ばたいてイナを追い抜き、路地の角から飛び出す。

 瞬間、目に入ったのは二人組の男と、その片方に抱えられた学生服の生徒だった。

 あの学生服は間違いなく、うちの学校のもの。絶対に助けなければならないという強い思いと共に、風翼を羽ばたいてドロップキックを繰り出す。

 その蹴りは学生を担いでいるほうの男に片手で受け止められてしまったが、構わず風翼の出力を上げる。この威力の蹴りを学生を抱えたまま、ましてや片手のみで受け止めきれるはずもない。

 男は勢いに攫われるように後退し、路地の奥へと押し出される。


「こっちのほうは任せてっ!」


 背後でそう聞こえたので、手ぶらのほうはイナに任せることにした。


「このっ!」


 蹴りを受け止めていた手が強引に持ち上がって投げ飛ばされる。

 俺はそのまま宙返りして狭い足場に着地した。


「マスカレードか」

「あぁ、そうだよ。まだ仮所属だけどな」


 そう返事をしながら拳を握る。

 相手は学生を抱えているため存分には動けないはず。すこし卑怯かも知れないが、そこにつけこんで攻めるとしよう。途中で学生を手放すなら、それはそれでありがたい。


「こいつの固有魔法は貴重なんだ」


 周囲の地面にいくつか魔法陣が描かれる。


「邪魔すんなよ、仮面野郎」


 淡く発光したそれらから現れるのは猟犬たち。


「ハウンドドッグ」


 鋭い牙を剥き出しにし、アスファルトに爪を立て、鋭い視線で獲物を射貫く。それは茶色い体毛に包まれた、狼に似るた四足獣。この世界には本来いないはずの生物。


「異世界の魔物だぜ」


 あの男の固有魔法は異世界から魔物を召喚できるのか。

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