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怪獣とバトル


「すぐそこだ! 三、二、一!」


 ウィルのカウントで地下道から飛び出し、広い空間に出る。そこはすでに廃線となった地下鉄のホーム。いくつも敷かれたレールの上を、多種多様な魔法が飛び交っている。

 ホーム側と向かい側で打ち合っているみたいだ。味方がいるホーム側は劣勢で、今にも攻め崩されそうになっていた。

 俺たちはその横腹を食い破る形で現れる。

 そう状況把握を済ませたところで、目の前にいる敵と思しき人物に跳び蹴りを食らわせた。仮面もしていないし、たぶん敵だ。


「派手に暴れるぞ!」


 自らの存在を示すかの如く、ウィルは両手の拳を振り上げて地面に叩き付ける。

 それがウィルの固有魔法なのだろう。叩き付けた地点を中心に衝撃波が広がり、周囲の敵を何人も弾き飛ばした。その範囲攻撃にて敵味方双方が俺たちの存在に気がついた。


「お前等、援軍だ! 気合い入れろ! 俺に付いてこれる奴だけ付いてこい!」


 随分と乱暴な声が響いてきたかと思えば、ホームから身を乗り出した味方の何人かが果敢に攻めに掛かる。

 横腹を食い破られ、正面からも攻め立てられ、敵側の戦線が崩れ始める。


「アイルっ!」


 コードネームを呼ばれてイナのほうに振り向く。


「私たちも行くよっ! 戦場を掻き乱そう!」

「あぁ! やってやろう! ちょっとくすぐったいけどな!」


 コードネームで呼ばれるのは、すこし気恥ずかしかった。

 けれども俺たちも行動を開始し、戦場を駆け回る。

 兎の如く跳ね回るイナを誰も捕まえられず、空を駆ける俺を誰も捉えられない。俺たちは戦場の奥深くまで攻め込み、敵側の戦線立て直しを妨害する。

 イナの刺突が敵を吹き飛ばし、風翼から散る羽根が敵を討つ。


「しかし、どうしてこんな状況に?」


 頭上から下降して敵の顔面を踏みつけ、それを足場にまた高く飛ぶ。

 上空から見渡した光景は当初、聞いていた状況とは異なっていた。


「どうやら誘い込まれたらしい」


 耳元でウィルの声がする。

 無線機だ。


「敵を見つけた。逃げるから追い掛けた。待ち伏せされていた、だ」

「なるほど、わかりやすい」


 地上から飛んでくる魔法の炎弾を風翼で防御し、反撃に羽根を飛ばす。


「戦況はどう? アイル」


 イナからの通信だ。


「あぁ、かなり巻き返してる」


 ホームから飛び出した何名かが破竹の勢いで敵を撃破している。

 ここまで勢いに乗れば押し返せるだろう。

 そう思ったのも束の間。


「――ジャイアントモンスター」


 戦場の中心で固有魔法が唱えられ、一人の人間が怪物に成り果てる。

 肉体が肥大化し、肌が紫に変色し、羽根と尾と角が生え、姿が獣に近くなる。

 その全長は目測で五メートル。屈強な肉体を得た異形の怪物が、鼓膜を突き破るかと思うほどに盛大な咆哮を放った。


「なんだっ、あいつ!?」


 怪物はその巨体から生えた尾を振るい、破竹の勢いで進んでいた味方を一薙ぎで吹き飛ばしてみせた。

 あまりのことに呆然としていると、怪物の口から火花が散る。あのフォルムに口から火花とくれば、なにが起こるかは想像に難くない。


「まずいっ!」


 直ぐさま風翼を羽ばたいて怪物と味方の間に割り込んだ。

 直後、怪物の口腔から放たれるのは燃え盛る火炎だった。

 やっぱりなと思いつつ、こちらは最上級魔法を唱える。


「アビス」


 湧き上がる暗い水が波のように立ちはだかり、吐き出された火炎を堰き止める。

 そのうち大量の水蒸気を残して弾け、周囲が濃い水蒸気の霧に包まれた。


「無事かッ!?」


 この水蒸気の霧に乗じて、吹き飛ばされた味方のもとに落ち立つ。


「あぁ、なんとかな。手ェ、貸してくれ」

「あぁ」


 伸ばされた手を掴んで引き起こす。


「お前、やるじゃねぇか。最上級魔法とはな」

「まぁ、な。それより他のみんなは?」

「あぁ、死んじゃいねーだろうが、もう戦えそうにないな」


 倒れ伏す味方を見て、彼はそう呟いた。


「お前、名前は」

「本名?」

「違ェよ。そんなわけあるか」


 その時、突風が吹いて霧が晴れる。

 怪物がその剛翼を羽ばたいて吹き飛ばした。

 どうやらあの翼も飾りじゃないらしい。


「アイルだ」

「へぇ、じゃあ覚えとけ」


 彼の足がレールを踏み砕く。


「俺はパワーだッ」


 瞬間、目にも止まらぬ速さで跳躍し、気づけば怪物の顔面を殴りつけていた。

 あの巨体が大きく傾き、後退るほどよろめいている。恐らく、それがコードネームの由来。彼の固有魔法は肉体強化か。


「私も参戦だよっ!」


 怪物が体勢を立て直したところでイナが跳び、足や腕を経由しながら駆け上る。

 払い退けようと腕を伸ばし、支柱に体をこすりつけようとも、イナは器用に躱し続けた。


「ちょっと痛くしちゃうからねっ!」


 空間が裂け、現れるのは巨大なハンマー。それを頭上からフルスイングして顔面を打ち抜いた。

 脳が揺れてふらつく怪物へ、パワーの蹴りが脇腹に炸裂してくの字に折れ曲がる。


「今度は俺の番だ」


 同時に反対方向からウィルの衝撃波が弾け、その巨体は地上から離れて吹き飛んだ。


「まるでアクション映画だな」


 大迫力のシーンに思わず見入っていた。


「おっと、いけない」


 スクリーン越しではなく、現場にいるのだと思い出して仲間たちのもとに向かう。

 怪物はあれだけの攻撃を受けたと言うのに、平然とした顔で立ち上がっていた。


「タフな野郎だなぁ、おい」

「だが、あれが最後だぜ」

「パパッと片付けよーうっ!」

「だな、俺もはやく家に帰りたい」


 咆哮を放ち、怪物がこちらに突っ込んでくる。

 それを受けて俺たちは散ったが、パワーだけがその場に留まった。

 突き放たれる怪物の殴打に、パワーは真正面から受けて立つ。


「ストレングス」


 握り締めた拳を放ち、ぶつかり合った瞬間に地面が陥没する。

 そこまでの衝撃を受けてもなお、パワーは一歩も引かなかった。更に拳に力を込め、全身全霊を懸けた一撃を突き通す。

 そして、それはついに振り抜かれ、自身の何倍もある怪物の拳を殴り飛ばした。

 力負けした怪物はその場で怯み、突進の勢いが完全に掻き消えた。俺はその側面へと飛んで回り込み、最上級魔法を唱える。


「フレア」


 灼熱の劫火で満ちた火球を放ち、それは着弾と共に破裂する。

 撒き散らされる爆風と熱に吹き飛ばされ、怪物はレールの上を勢いよく転がった。

 その勢いを止めたのはウィルだった。


「ショックウェイブ」


 その拳から放たれる衝撃波が勢いを止め、その巨躯の内部で増幅する。体の内側から攻撃された怪物はそのまま跳ね返るように飛び、仰向けに倒れ込んだ。

 そして、その頭上で空間の裂け目がいくつも発生する。


「バーチャルリアリティ」


 そこから射出される無数の武器が怪物の巨体を貫いた。

 腕に、肩に、足に、腹に、深々と突き刺さって地面に縫い付ける。

 それで勝負は決まったかに見えたが、再び耳を覆いたくなるような咆哮が轟いた。


「アアァァァァアアアァァァアアッ!」


 怒りや苦痛に満ちた声音が地下空間を震わせる。

 それが鳴り止むや否や、怪物は無理矢理に縫い付けられた巨躯を地面から引き剥がした。


「なんて奴だよ」


 そのタフさ加減に驚いていると、怪物は傷ついていない剛翼を広げて飛翔する。

 逃げ場のないこの地下空間でどうするのかと思えば、次の瞬間には火炎を天井に吐いていた。


「不味いぞ、逃げる気だ」


 ウィルの言う通り、赤く熱した天井を怪物はその巨体で打ち砕いた。

 天井に大穴が空き、青空が目に映り、大きな瓦礫が落ちてくる。


「アイル! お前しかいない! あいつを外に出すな!」


 その指示を聞いてすぐ、地面に風を叩き付けて飛翔する。

 全速力で急上昇し、今まさに天井から外に出た怪物の上を取る。


「アァァアァアァァァアァアッ!」


 風翼に魔力を込めて最大限広げ、太陽を背に怪物に向かって羽ばたいた。

 その一対の翼から放たれた二条の巨大な竜巻が、紫に変色した巨躯を切り刻み、地下空間へと押し返す。だが、怪物も最後の力を振り絞って抵抗をみせてくる。

 どれだけしぶといんだ、こいつは。


「アップグレードッ!」


 更に魔力を注ぎ込み、二条の竜巻が更に威力を増す。


「大人しく地下に戻ってろッ!


 太く、激しく、回転する風の刃がついに剛翼を引き裂いて飛翔能力を奪う。

 怪物は為す術なく押し戻されて、レールの地面に叩き付けられた。


「ふう……」


 固有魔法が解けたのか、地下で怪物が人の姿に戻っていく。

 なんとか逃がさずに済んだみたいだ。


「なんだこりゃぁ!?」

「事故か? 事件か?」

「おい、あそこで誰か飛んでるぞ!」


 ほっと一息をついたのも束の間、地上は騒がしくなっていた。

 周囲に集まってきた人たちは携帯端末で写真を撮ってくるし、遠くからサイレンの音も聞こえてくる。ここにいて良いことはなにもなかった。

 俺はカメラのフラッシュから逃げるように地下空間へと舞い戻る。


「アイル、よくやった。悪いがすぐに引き上げるぞ」

「そうしましょう。すぐに警察と消防がくる」


 意識のない怪物の固有魔法の敵を担ぎ、立ち上がった味方たちと共に急いでその場を後にした。廃車のバスが鎮座するアジトまで戻ってくると、ようやく一息を付けた。


「みんなよくやった。敵も捕まえられたし、こいつから何か情報が得られるかも知れない」

「俺からも礼を言っとく。ありがとな、助かったぜ」


 マスカレードに所属して初めての仕事はどうにか上手くこなせたみたいだった。


「……お疲れ、さま」

「あぁ、ありがと」


 イナも労ってくれた。


「アイル」


 ふと呼ばれて振り向くと、パワーがいた。


「お前、二日前に入ったばっかりだって? 大したもんだな」

「そっちこそ、すごい怪力だった」

「はっ、まぁな」


 俺より太い腕を組んで、パワーは得意げだった。


「そういや、お前の名前は?」

「コードネームか?」

「違ェよ、わかんだろ」

「冗談だって」


 改めて、名前を名乗る。


「俺はツバサだ。そっちは?」

「ヴェインだ。これからよろしく頼むぜ」


 俺たちは大振りに手を弾き合い、挨拶を交わす。

 こうしてこの一日は幕を閉じた。

 その翌日。


「ん、んん……誰だ?」


 けたたましい着信音に起こされて目が覚める。

 携帯端末のディスプレイを覗くと、イナから電話が掛かってきていた。


「はい……もしもし」


 寝ぼけ眼をこすりつつ、ベッドに寝転んだまま電話に出た。


「おは、よう」

「あぁ、おは……よう」


 途中であくびしてしまった。


「どうした? 休みの日に」


 今日は祝日で学校も休みだ。

 ふと部屋の時計に目をやると、午前七時の形になっていた。

 いつもならまだ眠っている時間だ。


「テレビ……つけて、みて?」

「テレビ? あー、ちょい待ち」


 イナの意図はわからなかったものの、リモコンを手に取りテレビを付ける。

 するとちょうど朝のニュース番組がやっていた。

 取り上げているのは――


「謎のヒーロー、怪物から市民を救う?」


 テレビ画面ではハンドカメラで撮影されたかのような映像が流れている。

 俺が風の最上位魔法で怪物を地下に叩き落としているシーンだ。

 よく取れたな、こんな場面。


「有名人、だね?」

「マジかよ」


 驚愕しているとニュースキャスターがこう告げた。


「人々は彼が使用していた魔法からこう呼んでいるそうです――アイルと」


 それは奇しくも俺のコードネームと同じだった。

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