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筋肉、殴る

使えない筋肉?そんなのありません




起きて伊織。貴方を求める声を聞いて。




「うぅ…ん。ここは…。」


目覚めた伊織は辺りを見渡す。

薄暗い森であった。元の世界では歴史書や図鑑にしか載っていない様な大樹。聞こえて来るのは聞いた事もない美しい鳥の声。

これほどの緑を伊織は見た事がなかった。


「なんて…綺麗なんだ。素晴らしい…。これは森、なのか。」


伊織がいた世界では環境汚染によりすでに森は荒廃し砂漠となり人工的に作られた小規模な森林があるだけだった。整頓された木々や遺伝子交配により作られた鳥や小動物達。確かにそれも綺麗なものではあったが自然というものが作り上げた物がこれほど素晴らしいものだとは想像もつかなかった。


伊織は立ち上がり辺りを見渡す。

天まで立ち昇る木々の隙間から太陽の光が差し込んでいる。


「凄いな。自然とはこんなにも偉大なんだな。」


しばし余韻に浸っていた伊織だが、まずは今後の事を考えなければならない。


「うん…。異世界への召喚と言っていたなあの方は。神…なんだろうか?ふっ…まるで御伽話だな。よし、まずはこの世界の住人とコンタクトをとるのがベストだろう。人間…だといいんだが。とりあえず会話のできる人に会うべきだな。」


この世界の常識が一切わからない事は危険だ。

国や法がない可能性だって考えられる。まずは人に会うべきだ。できれば平和的に。

伊織は歩き出す。

踏み締める大地は自分を歓迎しているような気がした。



しばらく歩いていると獣道から馬車が通った跡のある道へ出た。

通った跡、と言ってもどうやらそこまで使われている様ではなく車輪に踏みしめられた場所以外は雑草がこれでもかと生い茂っている。


「どうやら道には出た様だな。しかしどちらへ行くべきだろうか。」


右か左か。深い森なだけに左右どちらを見ても木々が並ぶだけで人工的なものは一切見当たらない。

迷う伊織の耳に微かな音が入る。

この森には似つかわしくない金属のぶつかる音。


「なんだろう。人?だろうか。」


伊織は音のする方へと歩を進める。

どんどんと大きくなる金属音と共に人の話す声も聞こえてくる。

複数人の笑い声。それと…


「これは…」


そこには十数人の汚らしい身なりをした者と、剣を持ち対峙する数人の騎士風の者達がいた。

伊織は木々に身を隠し様子を窺う。


伸びっぱなしの髭に鈍く光る剣や斧。数十人で馬車を取り囲んでいた。

馬車を守っていたであろう人が二人倒れており意識はない様に見える。もう一人も腕に怪我をしているようで片手で剣を持ち対峙している。


盗賊…だろうか?あの人数に一人では無理がある。

あの馬車には余程大切な物が入っているのだろう。


「おいおい。もういい加減諦めろよ。毒矢でフラフラのはずだぜ?それにお前さん一人だけだぞ?馬車を置いていけば見逃してやる。消えな。」


盗賊の一人がそう言う。

手に持つ斧には血が付いている。


ヘルムを被った騎士は血を滲ませた腕で剣を握りしめ盗賊へと向ける。


「ふざけるなよ盗賊風情が!この馬車には絶対に触れさせはしない!わかっているのか!?我等はユーグランド王国の者!国に手を出してどうなるか!」


女性?

高い透き通る様な声。


その瞬間、盗賊達は下卑た笑いを浮かべた。


「はっ!お前さん女か!?ははは!ホントかよ!喜べおめぇら!今日はたのしめるぞ!」


盗賊達の嫌らしい笑い声が響いた。

この後あの騎士がどうなるか想像しただけで反吐が出る。


「女騎士さん。すまねぇがうちの奴らは加減を知らねぇもんでよ。壊れちまうまで犯しちまうかは死んだ方がマシだど思うだろーぜ!」


嘲笑う盗賊は数人で騎士に斬りかかる。

応戦する騎士は防戦一方。なんとか耐え忍んでいるが怪我をしているにも関わらず相手は数人。

やられるのは時間の問題。



ガンッ!ギンッ!



盗賊の槍がフラついた騎士の肩をかすめる。

その隙を盗賊達は見逃さなかった。

数人で騎士にしがみ付き取り押さえる。


「はぁはぁはぁ…へへ、手こづらせやがって。どれどれ顔を拝んでみようか!」


盗賊がヘルムを剥がす。

金色の綺麗な髪が露わになった。

緑色の瞳が盗賊を睨め付ける。

しかし、その眼光は一つしかなかった。


「おおっ!?隻眼!?お前さんまさか!ははっ!これは上玉だぜ!」


「俺もう我慢できねぇよ!早くやっちまおうぜ!」


騎士の片目には涙が浮かんでいた。

武具は次々と剥がされていく。しかし騎士は一切声を出さない。

盗賊は服に手をかけて一気に引きちぎる。

肌が露わになり、もはや盗賊達は馬車など見ているものはいなかった。

騎士は一度目を閉じて再び開くと、盗賊を睨みつけて大声で叫んだ。


「マルク様!お逃げ下さい!」


その瞬間馬車から小さな少年が飛び降りた。

手には短刀を握り盗賊へと向けている。


「その汚い手を離せ!僕の大切な部下に手出しはさせない!」


真っ直ぐ盗賊を睨み付ける少年の手は小刻みに震えていた。

年は十歳くらいだろうか。


「お逃げ下さい!お願いします!私の事は大丈夫です!」


騎士は少年に目を向けると叫んだ。


「大丈夫なもんか!子供の僕だってわかるよ!ここで逃げたら…僕は一生後悔する!!死ぬかもしれない。だけど、大切な人を見捨てるなんてできない!」


騎士は涙を堪えきれなかった。

こんな自分の為に主人が命を掛けてくれている。

なんと嬉しい事か。

だがいけない。この方を死なせてはいけない!


「どうか!お逃げ下さい!国の!民の為に!」


その声とほぼ同時に盗賊の一人は走り出していた。

少年に向かって。




「マルク様ぁぁぁーっ!!!」


震える少年、マルクは近づいてくる盗賊の後ろに泣き叫ぶ騎士を見つめていた。

家族が、兄弟がいないわけではない。ただこんなに優しくしてくれる人は彼女しかいなかった。

助けたかった。

怖くて震える手を必死で盗賊へと向ける。






「穏やかじゃないですね。不快ですよ貴方達。」






伊織は飛び出していた。

危険?相手は数十人勝ち目などない?


そんなもの関係ない。



「こんな事って本当にあるんですね。人に向けてこの身体を使うのは初めてなんですけど…手加減できそうにないです。」



マルクは目の前の盗賊の剣を受け止めた男を見上げていた。

なんと大きな背中だろうか。こんな背中見たことがない。なんと分厚く山のような肉体だろう。



ドン!!!!



爆発音が森に響きわたった。

伊織の拳が盗賊の腹に突き刺さったのだ。

盗賊の体はくの字に曲がり数メートル先の木まで吹き飛んだ。


他の盗賊達も騎士もマルクも目を見開き伊織を見つめる。




「パンチングマシンしか殴った事なかったんですけど。上手くいきましたね!」



伊織は後ろを振り向いてマルクに笑いかけた。


現実離れした広背筋と上腕三頭筋。

肉体を支える脊柱起立筋。

泣く子も黙る大腿四頭筋。

凄まじい踏み込みを可能にする下腿三頭筋。


繰り出されるパンチはソニックブームを発生させていた。




騎士は思わず呟いていた。


「な、なに…あいつ。肩から脚が生えてる?」


ビルダーはスポーツ選手ではなく芸術家です。

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