美名
「いやいや、いつ声をかけてもらえるかとドキドキしながら待っていたよ。名を知られるジェルメーヌ嬢に呼んでもらって光栄だ」
余裕含みの、心底楽しくてたまらないという声。
っていうか私、名を知られてるの? いやん、恥ずかしい。
「こちらこそっ! かつては自領で飢饉が起きたときはご自分の貯蓄を切り崩して、領民を誰も飢えさせなかった名領主ですもの! お話ししたいと思っていたんですよ!」
デュマ大公は今は国王の軍師として、国王の暴虐のその作戦指示のすべてを出しているといわれている。
しかし最初から暴虐な人間だったわけではない。
原作ゲーム、王冠の野望では知力100であり、魔力も91という完全無欠の軍師だ。
義理も高いため国王以外の勢力に引き抜かれることはなく、国王軍でのプレイはできないため、彼を味方として使うにはなんらかのチートを使わなければならないという人物だった。
シミュレーションゲーム中の「絶対味方にならないキャラ」であるから……もちろんゲーム内でその高知力と高魔力で数々の妨害工作を行うものの、プレイヤーが行える作戦行動ほどではないため、ゲームの攻略サイトなどには「知力100史上最高レベルの希薄な存在感」などと書かれてしまっていた。
最終シナリオでは王家が勢力を小さくしていることの責任をとらされ、国王から死罪を言い渡されている。
そして設定資料集では……ただの猫好きのおっさん扱いだった。にゃーん。
ガスティン侯爵は猫を飼っているのだが、自分以上の知者であるデュマ大公を尊敬していて、ガスティン侯爵が猫を飼い始めたのはデュマ大公の家の猫が可愛かったかららしい。心の底からどうでもいい情報をありがとう。
そんなわけで、私は転生してから、それ以外の……設定資料集やゲームにはない、デュマ大公の業績を調べたことがあったのだ。
そうしたら出てくる出てくる……飢饉の際に領民を飢えさせなかっただけじゃない。「え? これ、どこの名君?」みたいなエピソードばかりなのだ。
曰く、任務上失敗した部下を励まして、成功に導かせた……
曰く、他の領地から侵入した「食うのに困って賊になった人間」を討伐し、罰を与える一方で、教え諭して自分の部下として起用した……
なお、この「食うのに困って賊になった人間」というのが現在の国王の親衛隊長、ドゥトゥルエル氏(武力99)である。
「本当に素晴らしい業績だと思います! 今は王国の宰相なんて地位に落ちぶれていらっしゃいますけどっ!」
「おや……」
私の言葉に楽しそうな声を漏らすデュマ大公。
「宰相は落ちぶれた立場なのかな?」
「えぇ、もちろんですわ! あなたほどの聡明な方は……あっ、ダメですよ! 今、軍を動かすなんて粋ではありませんわ!」
敵軍に動きが見えたのでとりあえず釘を刺しておいた。まぁ、戦争という行為自体が「粋」ではないけど。
「……あなたほどの聡明な方は百年、千年と続く悪名に相応しくありませんもの!」
「いやいや、そうでもない。歴史は勝者が作るものだからね。そこのシクス侯爵を含むすべてを滅ぼして、いくらでも改竄した歴史を書かせてみせるさ。その中でもちろんジェルメーヌ嬢も悪逆非道のご令嬢として描いて差し上げるので安心するといい」
……ん? あれ?
「大公……」
ふと考える。「歴史は勝者が作るもの」……まったくその通り。
優秀でありながら敗者となったために貶められた人間は歴史上いくらでも存在する。それはデュマ大公が言ったように勝者のための「改竄」が行われるからだ。
敗者が行った優秀な行為は曲解され、または描かれず、ときには勝者が行なったこととされる。
だから、「国王がこの戦乱の勝者となった場合は、国王は歴史的に美化される」というのは間違いない。
しかし、そもそも、そんな必要はないのだ。
国王はもともと英雄王の再来と呼ばれるほどの名君とされていた人物だったし、デュマ大公も名領主だった。
このような戦乱を起こさなくても、改竄の必要なく歴史に美名を残すことができる人物だ。
国王は王冠に封印された邪悪なドラゴンに精神を奪われ悪王となった。それはわかる、として……
「……大公閣下、あなたはなにを考えているのですか?」
私の声のテンションが変わったことに気づいたのだろう、デュマ大公はほんの少しだけ黙った。
「それは……」
少しだけ黙ったあと、再び笑いを含んだ声に戻った。
「今は内緒にしておこう。戦乱が終わったとき、君と会うことがあれば特別に教えてあげよう」
私はため息をついた。
この話の舞台になっているのはイタリアによく似た地形の架空の地域です。
男性登場人物のほとんどにはモデルとなっている人物がおり、「そのモデルとなっている人物の所属している、または所属していたチーム」の本拠地が、その登場人物の勢力範囲となります。
モデルとなっているのはあくまで外見と地域だけであり、その人物の能力や適正、チームの規模や本拠地の規模などはまったく関係ないものとします。
☆今回の登場人物のモデル
ジェルメーヌ・ペドレッティ:ヒト科