逸話
「あら……ガスティン侯爵様の……そうなの。そう……ふぅん」
セリーヌお義姉様が名乗ったところ、クリステル夫人は微妙な顔をした。
いや、クリステル夫人だけじゃない。よく見るとシクス家の重臣達も微妙な顔をしている。
平気な顔をしているのはパスカル・シクスくらいなものだ。
「え、じゃあなんでジェルメーヌ様って呼んで頷きましたの?」
「そういうふうに呼ぶ風習があるのかと思いまして」
あるか、そんなの。
パスカル・シクスが平気な顔をしているのは武力98あれば武力92をあしらえる自信があるということだろうか。知らないけど。
しかし、やはりシクス侯爵家とガスティン侯爵家の溝は深い。
ガスティン侯爵家を出て、同盟相手と結婚したセリーヌお義姉様に対してもこの態度だもの……
「え? じゃあなに? 話に聞くジェルメーヌ様はこちらにはきておられないのかしら? 武勇伝を聞きたかったわぁ」
私は「ばーん」ってシャウトしただけだったけどね。
大した武勇伝はない。
それにちょうどこのころの私はにっこり様に襲われて絶賛気絶中だ。なんとかしてほしい。タス……ケテ……
「次の機会があれば娘も伴いましょう」
「あら、嬉しい。勇敢な方々の武勇伝を聞くのが子供のころから好きだったのよねぇ」
お父様の言葉にクリステル夫人は頬を赤らめた。変な人だ。
クリステル夫人の実家のディガール侯爵家は下手すればシクス侯爵家よりも「武一色」の家であり、そこで育てられたクリステル夫人は本人に武勇の才能はないもののそういう話を聞いたりするのは大好きで、また目も確かなものであるらしい。
……徳川家光さんかな?
パスカル・シクスも大概脳筋だし、お似合いの夫婦なのかもしれない。
「……でもなぜガスティン侯爵家の方がベルナール様とご結婚なさることになったのかしら?」
「旦那様は私より強かったです。それ以上の理由が必要でしょうか」
セリーヌお義姉様の言葉を聞いてクリステル夫人は首を傾げる。
「……なにがあったのか聞いてもいいのかしら?」
「おう! 俺も聞きたいな。結婚のことは聞いていたが、経緯までは知らんからな」
クリステル夫人の興味にパスカル・シクスも身を乗り出す。
お父様は窓の外を見て、現実から逃避してた。報告を受けたとき、ドン引きしてたもんねぇ、お父様……
「特に語るほどの話でもないのですが……」
いや、十分におもしろストーリーだと思う。
「旦那様はクレティアン砦に立て籠っておられました。私はそれを攻める立場でしたが……あの砦は堅牢無比で、狭い一本の山道しかない場所だったのです。旦那様はその山道に立ち塞がっており、私の麾下の精鋭は旦那様に打ち倒されていました……何人くらい送り込みましたっけ?」
「10か、11か……それくらいじゃなかったか?」
人質になったのが8人で、1人斬り殺して、1人蹴り飛ばして捕虜にし損ねているので10人かな?
……異常だな、ベルナールお兄様。
「ですから私が旦那様に挑むことにしたのです」
「ちょっと待ってちょっと待って! なんでガスティン侯爵家のお姫様が!?」
当然の質問にセリーヌお義姉様は頬を赤らめて答えた。
「私が送り込んだものは、皆、私よりも弱い男でしたので」
……なんで頬を赤らめたよ。
「しかし旦那様はその私よりも強かった……ですから私は旦那様のお嫁さんになったのです」
「ですから」の文の前後の整合性!
クリステル夫人は目をつぶった。
「……わかるー」
えっ?
「自分より強い男に抱かれたくなる……心からわかりますわ! 私自身は武勇に恵まれませんでしたが、本来であればパスカル様にぶいぶい言わせていただきたいですもの!」
「えっ? 嫁?」
まったく関係ないところで被弾したパスカル・シクスかわいそう。
「それが乙女心です!」
違う。そんな乙女心はない。
「よろしい! セリーヌ様、あなたはガスティン侯爵家の出身かもしれません。しかし今日より私があなたの後ろ盾となりましょう! 話に聞くジェルメーヌ様とともに女子会を開きたいものですわ!」
「奥様!」
やめろ。やめてくれ。私を同じ属性にしないでくれ。
「……俺、ジェルメーヌ嬢と会うの、今から怖い」
私がいないところで一方的に傷ついていくだけの展開、マジでやめて!
この話の舞台になっているのはイタリアによく似た地形の架空の地域です。
男性登場人物のほとんどにはモデルとなっている人物がおり、「そのモデルとなっている人物の所属している、または所属していたチーム」の本拠地が、その登場人物の勢力範囲となります。
モデルとなっているのはあくまで外見と地域だけであり、その人物の能力や適正、チームの規模や本拠地の規模などはまったく関係ないものとします。
☆今回の登場人物のモデル
ジェルメーヌ・ペドレッティ:ヒト科