逃亡
バキバキと音をさせてヨアンが扉を破壊していく。すごくホラー映画のやつっぽい。
フレデリックに遠話の魔法を使ってもらって、ヨアンに指示を出していたかいがあったというものである。
「えいやー」
気の抜ける掛け声とともにヨアンが扉の残骸を蹴飛ばした。
「おー、すげー」
なぜかみんな拍手した。
「なんか怪しい村だねぇ、フレデリックから話は聞いてたけど」
「怪しいんだよー。そうなんだよー」
ヨアンの呟きにアルノーが答える。お前、自分の育った村だろう。
「とりあえずもう屋敷から出ちまおう。村人は朝まで屋敷には入ってこないはずだ……にっこり様は夜中に屋敷にいたやつ全員を食事と認識するって、子供のころそう教わってたんだ」
なんだそれ、怖い。
「ジェルメー……」
アルノーが私を呼ぼうとして硬直した。
いや、アルノーだけじゃない。みんな、動きが止まってしまった。
「るおおおおおおおおおおおおおおおおお」
屋敷のどこかから得体の知れない叫び声が響いてきたから。
「……彼がミスターにっこりかしら? ひゃんっ」
「ジェルメーヌ様、失礼します! みんな走れ!」
いきなりアルノーにお姫様抱っこされた。びっくりして変な声が出てしまった。
「自分で走れまはぶぅっ」
舌を噛んだ。あと変な体勢で抱きかかえられたのでアルノーの服で顔が擦れて超痛い。
「こっちだ! 正面玄関は多分村人に見張られてる! 子供のころ見つけた秘密の入り口がこっちにあるはずだ!」
アルノーの焦りがみんなに伝播していく。
「るおおおおおおおおおおおおおおおおお」
また声が聞こえた。
私は口を押さえる。
いや、別に絶叫を堪えてるとかじゃなくて、噛んだ舌が痛かっただけだが。
玄関ホールを通り過ぎる。
そのときに、私はアルノーにお姫様抱っこをされたままなんとなく2階を見上げた。
いた。
四つん這いで真っ白なモノ、としか言いようがなかった。
四つん這いでも通路の天井に背中がくっつくほど大きく、折れ曲がりそうなほど痩せこけた、白いモノ。それがゆーらゆーらと揺れながら、2階の通路の向こうから階段に向けてゆーっくりと歩いてきていた。
「るおおおおおおおおおおおおおおおおお」
再び声が聞こえる。口を開けてもいないのに……そう、そのモノは口を開けてすらいなかった。
頭にも、身体中にも毛が生えていなくて、顔は体と同じく真っ白で、そこに三日月のようなひび割れが3つ……あぁ、これが笑っているように見えるのかぁ。
「見るな! ジェルメーヌ様も見ないでください!」
アルノー、先に言ってよ、それは。
目を離せない私に、そのモノはぬるぅーっと気持ち悪い動きで階段に移動しながら、笑ったような変な発音の声でこう言った。
「サァ、コチラヘドウゾ」
私はそこで気を失った。
目が覚めるとすでに夜は明けており、私は馬車の中だった。
アルノー達は秘密の入り口から、村人に見つかることなく脱出し、馬車までたどり着いたらしい。
気絶した私を馬車の中に投げ入れて、あとはみんなで必死で逃げたということだ。
翌日の昼に次に慰問予定だった村にたどり着き、そこから村人に頼んでディラック村の様子を見に行ってもらう。
ディラック村は誰一人として存在しない、人の消えた村になっていたそうだ。
つい先ほどまで誰かが寝ていたようなベッド、朝食を作っている最中の台所、井戸からくまれたばかりの水……
そんな、今にも誰かが帰ってきそうな、人の痕跡を色濃く残した無人の村だったらしい。
そして、あの村の奥の大きな屋敷は跡形もなく燃えていたそうである。
柱だけが残った屋形の残骸に、そこで暮らしていたモノの痕跡はなかったそうだ。
「にっこり様は俺が知る限り100年以上、あの村に閉じ込められた存在でしたから……多分閉じ込めてた村人に罰を当てたんじゃないですかね」
アルノーがそう呟いた。
ということは、にっこり様がどこかで生き延びてるってことじゃないのかい? あひん……
サァ、コチラヘドウゾ……
この話の舞台になっているのはイタリアによく似た地形の架空の地域です。
男性登場人物のほとんどにはモデルとなっている人物がおり、「そのモデルとなっている人物の所属している、または所属していたチーム」の本拠地が、その登場人物の勢力範囲となります。
モデルとなっているのはあくまで外見と地域だけであり、その人物の能力や適正、チームの規模や本拠地の規模などはまったく関係ないものとします。
☆今回の登場人物のモデル
ジェルメーヌ・ペドレッティ:ヒト科