難病
私達に取り囲まれてもロランスは堂々としていた。
自分に恥じ入るところはなにもないと思っているようだ。
この子はすごい。強い。純粋にそう思う。
静かな図書館で話をする。司書さんに人払いを頼んでしばらくの間立ち入り禁止にしてもらって……
ちらっと室内に目を配る。
書架の前で読書をしている男性が1人。
一瞬そっちに目配せをしてから、ロランスを席に誘う。
「まずはついてきてくれてありがとう」
「めうえのひほにしらはわなけれははりまへんはら」
目上の人に従わなければなりませんから、かな? まぁ、1つ上の学年ではあるし、貴族だし、目上ではあるのかもしれない。貴族だし。
ただ、言葉は非常に聞き取りづらい。
「はんへらへへは……」
ここで彼女ははじめて悔しそうにぎゅっと目を瞑った。「はんへらへ」? なんだ、と一瞬思ったけど「カンデラ家」か。自分の家のことをうまく発音できないのが悔しいのかもしれない。誇り高い子だと思う。
「はんへらへへは……めうえをうやあうおう、おおありまふ」
カンデラ家では目上を敬うよう教わります、ね……
彼女の目はしっかりと強い意志の光を感じるものだ。しかし、この発音は……なんだろう、これ?
彼女はため息をついた。
ここからは彼女の言葉を聞き取ったものだ。
私は……ロランスのことだ……私は今まで学問をする機会がなかった。
読み書きもできないし、言葉を喋ることも不自由だから意思を伝えることは難しかった。
しかし、ここで読み書きを学ぶことができれば私の思いをいろいろな人に伝えることができると思う。だから学園に入学させてもらったことを感謝したい。
私はファイアースターターと呼ばれる病気にかかっている……後で調べたところ体内の魔力が暴走することで発病するという難病らしい……この病気は歯を打ち鳴らすことによって火が口の中に発生してしまうもので、そのために歯を鳴らす発音を控えており、不自由な発音になっている。
先輩方にこんなわかりにくい言葉を聞いてもらって申し訳ない。
この病気を過去に治すことができた医者がいると自分の父……カンデラ将軍のことだろう……が聞きつけてガスティン侯爵のもとに行ったが、その医師は去年の秋に亡くなり、治療してもらうことができなかった。
父は決して裏切り者と呼ばれるのが当然の人間ではなく、自分の病のためにそのように呼ばれるようになってしまったのが悔しい。
私はただ今まで育て、守ってくれた父に「愛している」と伝えたいだけ。そのために文字を学びたいのだ。
本人は本当に話したくなさそうだったが、ゆっくり、時間をかけて、ここまで聞き取った。
ふぅーっと大きくため息をつく。
カンデラ将軍は娘の治療のために、医者を求めてガスティン侯爵家に寝返ったのか……その医者が亡くなったとしても、それを紹介してくれた事実はあるため、カンデラ将軍はガスティン侯爵に義理を感じているのかもしれない。感動秘話だ。
エルザは顔が涙でぐちゃぐちゃになっている。いい話好きだもんね、君。美少女は泣いてても美少女だった。ずるい。
「……カンデラ将軍のことを裏切り者と呼ぶのは、私にはできなくなりました。ご息女の病を治すために行動する愛に満ちた方だと思いますわ」
書架の前にいた男に声をかける。
「そうですね。僕も考えさせられました」
男は書架の前からこっちに歩いてくる。
彼は睨み付けるロランスの前で頭を下げた。
「アルテレサ伯爵家のロニー・アルテレサと申します……カンデラ将軍にご息女がおられたことも、ご病気のことも知らなかった。貴族として知るべきことを知らなかった当家の罪です。許してほしい」
そう。アルテレサ伯爵の息子のロニーは学園の経営でペドレッティ伯爵家領に屋敷を建てて、そこに住んでいた。
今回カンデラ将軍の娘の話を自分も聞きたいと、図書館に潜んでいたのだ。
彼の正体を知ったロランスはさすがに慌て、あわあわしている。そりゃ、彼女にとっては旧主の息子だ。そりゃそうだろう。
ロニーが知らなかったのではなく、カンデラ将軍が彼女の存在を隠していたのだろうとは思う。今の学園でのいじめのようなことが起こることを警戒していたのかもしれない。
それでもなお、学びたいという娘の意欲を拒絶できなかったのかもしれない。
まぁ、あわあわしているところは年相応で可愛らしく思った。
しかし、そんな難病を治療する医師がいるとは思わなかった。
「むはうあひるへんへい」
むはうあひる先生……ムタウアキル先生? はて? 聞き覚えがあるような……
「あ、そういえばうちのお父様の医師をやっているファンニ先生がムタウアキル師の弟子だったわ。よかったら診てもらってはどうかしら」
ロランスが目をまんまるにしてこっちを見た。もっと見て。
この話の舞台になっているのはイタリアによく似た地形の架空の地域です。
男性登場人物のほとんどにはモデルとなっている人物がおり、「そのモデルとなっている人物の所属している、または所属していたチーム」の本拠地が、その登場人物の勢力範囲となります。
モデルとなっているのはあくまで外見と地域だけであり、その人物の能力や適正、チームの規模や本拠地の規模などはまったく関係ないものとします。
☆今回の登場人物のモデル
ジェルメーヌ・ペドレッティ:ヒト科