虐待
「いじめがあるの」
エルザがずいっと私に顔を寄せてきた。そんなに顔を寄せられるとキスをおねだりされてるのかと思ってしまう。
その日の自習時間のことだった。
いや、王都の学園に通っていたころ以来の久々の学園は楽しいのは楽しいのだけど、基本的に私たちは今のところは自習である。
マリオンを含めたほとんどの学生は文字を知らない。
王都の学園に通っていたか、なんらかの事情とか必要性がある人間くらいしか文字は知らないのだ。
うちの伯爵家でも家族以外は家宰のシャルルくらいしか読み書きできない。アドリアンがようやく読めるようになってきたかな。
私とエルザは王都の学園に通っていたし、ナタリーは美少女の嗜みとして文字の読み書きはできていた。
しかしクラスでは私達3人以外は全員読み書きができなかったのだ。
そんな人間に合わせて授業を進めてもどうかという話なので、私達は今のところは図書館で自習して、夏くらいにクラスに合流する予定だった。
ちなみに図書館といっても紙の本はほとんどない。製紙技術自体はあるものの紙はまだまだ高級品で、ほとんどが木簡やパピルス紙や羊皮紙の本だ。
「いじめ?」
私の隣でナタリーが大きな目をぱちくりさせながら首を傾げる。可愛い。美少女だから可愛い。
私はというとエルザが近づく分、のけぞっていた。椅子ごと倒れそうなのでできれば助けてほしい。
「この学園で……の話なのですよね。今、ここでするってことは」
「そうよ! ジェルメーヌもナタリーも許せないでしょう!?」
あぁー、寄らないで。椅子倒れちゃう。
「いじめなんて、悲しいです……なんでそんなことが」
美少女が泣きそうな声で呟く。顔だけじゃなくて精神も美少女だった。
あれ、でも……
「私は登校してからクラスの皆さんに挨拶しましたが、いじめなんてあったのかしら……? みんな、それなりに健全な関係だったように見えたけれど……」
誰かをいじめてるような雰囲気じゃなかったように思う。私が気づかなかっただけかなぁ? もしそうだとすれば、ちょっと私自身の見る目のなさを疑わなければならない。
「あ、うちのクラスじゃないわよ」
違うんかーい。
「私達の一つ下の学年になるわね」
私は諸事情あって学園への登校が遅れたから、他の学年のことはまだ知らなかった。あれは諸事情に含まれるだろう、うん。
「許せないでしょう!」
エルザがまた寄ってきた。倒れる倒れる。やめて助けて。
「えっと……その、いじめられてる子はわかっているのかしら?」
「もちろん。カンデラさんといったわ」
カンデラさん。あぁー、カンデラさんね、はいはい。
「ロランス・カンデラさんかしら? カンデラ将軍のご息女の」
私が名前を言うとエルザと美少女が驚いたような顔をした。
「……そのことを知っているということは、まさか、ジェルメーヌがいじめの黒幕!?」
「そんなっ!? ジェルメーヌ様のことを信じてたのにっ!」
そうなっちゃいますー?
エルザはとんぱちな推測をやめてほしいし、美少女は信じないでほしい、二重の意味で。
「いや、そうじゃなくて……私は入学生名簿を見る機会があったし、カンデラ将軍のことも知っていたから、いじめが起きるのかもしれないって思っていたのよ」
2人はカンデラ将軍のことを知らないようだったので、かいつまんで教えてあげた。
「なるほど。アルテレサ伯爵家からガスティン侯爵家に寝返った将軍の娘なのね……」
眉間にしわを寄せるエルザ。
「難しいわ……信頼していた人が裏切って、その娘がいたら……私も怒っちゃうかも……」
美少女、怒っちゃうのか……いちいち表現が可愛いのずるい。
「でも……聞いた話と違うわ」
エルザの言葉に顔をあげる。
「最初はアルテレサ伯爵家領からきてる子達の間でのいじめだったらしいのだけど、今は全員から、らしいわ。『気持ち悪い』って」
アルテレサ伯爵家領の子達のいじめであれば、心情としては理解できるにしても、全員から気持ち悪い? それは確かに話が違う。
裏切り者の娘、ということでいじめるのなら……もちろんいじめを肯定するわけではないが、気持ちはわかる。いけないことだけどわかるのはわかる。
気持ち悪いというのは、そこからくる感情ではないだろう。
首を捻ったらバランスを崩して椅子ごと倒れた。
「ひぅっ!」
なぜか美少女が痛そうな声をあげた。
この話の舞台になっているのはイタリアによく似た地形の架空の地域です。
男性登場人物のほとんどにはモデルとなっている人物がおり、「そのモデルとなっている人物の所属している、または所属していたチーム」の本拠地が、その登場人物の勢力範囲となります。
モデルとなっているのはあくまで外見と地域だけであり、その人物の能力や適正、チームの規模や本拠地の規模などはまったく関係ないものとします。
☆今回の登場人物のモデル
ジェルメーヌ・ペドレッティ:ヒト科