待望
港への投資の話は、持ちかけた私の方が驚くようなスピードでバンバン進んだ。
これはアメリーお義姉様が実家の縁を使って、シクス侯爵家出入りの商人を紹介したのが大きいと思う。
これでアルテレサ伯爵領とペラン子爵領の小さな漁港は、商港として生まれ変わることになる。早く利益を生むようになればいいと思う……まぁ、私が口を出すよりも、その道のプロの商人がついてるんだから、心配していないが。
商人にとっても、アメリーお義姉様の紹介である以上、下手すればヤヒア子爵家に睨まれちゃうわけだから、必死でやってくれることでしょう。
商人の紹介はどう考えてもアメリーお義姉様の功績なので「アメリーお義姉様好き」って言ったら顔を真っ赤にして背中をバンバン叩かれた。理不尽だ。
月日が流れた。
春になった。
今回の季節イベントでは亜人3匹が領地北部の村を襲ってきた。
これによって戦死者は出なかったものの、4人がケガを負い、うち1人は除隊するほどの重傷らしい。
季節イベントはいいことだけではないのだ。
あの、凶行の夜から1年が経っていた。
シクス侯爵家とガスティン侯爵家では凶行の夜に亡くなった、それぞれの父親を悼み、王家への憎しみを新たにする会合が行われたそうだ。
まぁ、そりゃそうだよねぇ。
私も、あの凶行の夜で死ぬ予定だった人物だから、もしかしたらこれはペドレッティ家でも行われていたかもしれないことだ。
そう考えると、私は本当に運がいい。
雪は溶けた。
小鳥が囀り、お父様が紅茶を飲み、ユーリお兄様が詩を書き、ベルナールお兄様が筋肉を鍛える春だ。
……春に限らずいつものことだった。
アメリーお義姉様のお腹がほんの少しだけ目立ちはじめ、悪阻が酷そうながらも幸せそうな日々だった。こっちは毎春のことではないし、嬉しいことだ。
そして私は……
「ねぇ、これでおかしくないかしら?」
「おかしくございませんよ。むしろ伯爵家のご令嬢たるものいつものように外で交渉ごとなどをなさるのがおかしいのです」
着飾った私にメイドのルネが言う。言ってくれるじゃないか。
「ガスティン侯爵家のセリーヌ様とか……」
「ルネは槍を振り回す方をご令嬢とは認めません」
キッパリ言われた。
セリーヌさん、あなた令嬢じゃないんだってさ……
そこまで煌びやかな衣装ではない。それなりに清楚に見えそうな衣装を用意したつもりだ。
「伯爵家のご令嬢たるもの、堂々としておられなければ、伯爵家にお仕えしているルネ達も恥ずかしくなってしまいます」
それは私のせいになるのかぁ? ……いや、なるんだろうなぁ。
「別に緊張してるわけじゃないし、むしろ今日という日がくることを毎日待ち望んでいたのよ。でも、式典とはいえこんな服、必要ぅ?」
「必要です」
……そうですか。
「ジェルメーヌお嬢様は今日は皆の前でスピーチをなさらなければならないのでしょう。もっと煌びやかでもいいくらいです。伯爵家の威信がかかっているのですよ」
スピーチっていっても定型文をちょこちょこ言うだけだし、たいしたことないんだけどなぁ。
んー、でもかなりの大人数の前になることは間違いない。
……大人数。うん、いい響きね。
思わず顔が綻んでしまう。大人数……んふふ。
「ジェルメーヌお嬢様、またみっともない顔になってらっしゃいますよ」
マジで!? みっともないまで言う!?
そのとき、部屋にノックの音が響いた。
「はぁい」
「大丈夫ですか、ジェルメーヌ様?」
アメリーお義姉様の声だった。妊婦を待たせるわけにはいかないので、ルネにドアを開けさせる。
「あら、可愛いですわ、ジェルメーヌ様!」
ほらぁ、アメリーお義姉様は褒めてくれるじゃん! ルネは厳しすぎるんだよなぁ。
「あまりジェルメーヌ様を甘やかさないでくださいませ、アメリー様。ジェルメーヌ様は甘やかされるとダメになります」
そんなことないぞ。もっと甘やかしてほしい。極上のケーキに蜂蜜をぶちまけるが如き甘やかしをしてほしい。
アメリーお義姉様はくすくすと笑う。
「今日、やっとですものね」
私が今日の日を待ち望んでいたのと同じくらいアメリーお義姉様も今日を待ち焦がれていた。
計画段階からずいぶんと手伝ってもらったからなぁ。
今日、ついにペドレッティ伯爵家主宰の学園が開校する。
この話の舞台になっているのはイタリアによく似た地形の架空の地域です。
男性登場人物のほとんどにはモデルとなっている人物がおり、「そのモデルとなっている人物の所属している、または所属していたチーム」の本拠地が、その登場人物の勢力範囲となります。
モデルとなっているのはあくまで外見と地域だけであり、その人物の能力や適正、チームの規模や本拠地の規模などはまったく関係ないものとします。
☆今回の登場人物のモデル
ジェルメーヌ・ペドレッティ:ヒト科