文化
「アドリアンさん、今日はセリーヌ湖畔に行きますよ」
「はぁ? 俺も?」
なんか態度が反抗的だけど、嬉しいのだろう、顔が緩んでいる。久しぶりの帰省になるわけだしなぁ。
セリーヌ湖畔。シュヴァリエの一族の……いや、今はシュヴァリエ男爵領である。
アルノー達護衛5人とアドリアンを連れて出発だ。
オリーブの取り引きは上手くいっている。こうなるとセリーヌ湖畔との間に街道を整備したいということで、マリウスとその話をしにいくつもりだった。
セリーヌ湖畔の人々はまだそこまで貧乏から脱出できたようには見えなかった。
まぁ、まだ1シーズンだし、そこまでの大きな変化は出ていないのかもしれない。ただ、ペドレッティ伯爵家の家紋入りの馬車で移動していても住民から以前のような憎悪の視線を受けることはなくなっていた。
アドリアンがうちで働いてくれているのも多少はあるのかもしれないけど。ありがたいことだと思う。
「道?」
マリウスは眉をひそめた。
「はい、セリーヌ湖畔との間にきちんとした道を整備しようと思います。ペドレッティ家で資金は出しますので、シュヴァリエの方々にも人手は出していただきたい……という提案を持って参りました」
「必要なのか?」
大事さを認識していないマリウス。まぁ、メリットだけではないしね。
「デメリットはいくつか。しかしメリットはそれ以上に大きいように思います」
指を立てる。
「一番大きなメリットは人の往来が増えるということ。オリーブだけでなくいろんなものが行き来することになるでしょう。その中でセリーヌ湖畔に移り住む人も増えるでしょうから、あなた方の税収も増えていくでしょう」
ピンときていない様子のマリウス。
「また道が整備されれば軍の移動も楽になります。湖畔が亜人に襲われたときは援軍を派遣しやすい。逆もまた然りですね。相互に援軍が出しやすくなります」
「……それは今後、ペドレッティに悪いことを考える人物が現れたときに、攻め込みやすくなるということではないのか」
マリウスの指摘に両手をあげる。まったく、おっしゃる通り。なんだかんだで、そこにすぐ気づくというのは、マリウス・シュヴァリエという人物は非常に高い能力を持っていることを示している。
「可能性はゼロではありません。ですから提案レベルです。シュヴァリエの方々にも重要な案件ですからね」
「ふむ」
顎に手を当てて考え込むマリウス。
「他にデメリットはあるか?」
「短期的には特に思いつくデメリットはありません。長期的には……文化の流出や流入があるかと」
これは意外と大きいことだと思う。
今までセリーヌ湖畔にはシュヴァリエの一族しか住んでいなかった。
だからシュヴァリエの一族の独特の文化……そんなものがあるかどうかは知らないが、独特なシュヴァリエ祭りがあって「シュヴァリエ、シュヴァリエ、わっしょっしょーい!」ってやってたとしたら、今は100人がいたら、100人全員が文化的な意義を理解して参加しているはずだ。
人口が増え、シュヴァリエの一族の人口割合が減ることによって文化的な意義を理解している人の割合も減る。
100人いても、そのうち理解しているのは50人、20人とどんどん減っていくことだろう。
逆にシュヴァリエの秘祭……そんなものがあるかどうかは知らないが、真冬のある日に家の軒先に籠とかをぶら下げて家の中に閉じこもっている日があるとか。海はこの領地にはないからそれはないか……セリーヌ湖!? そこから太い蛇みたいな「なにか」がのたうちながら這いずり出てくんの? こっわ!
とにかく、そんな隠されたお祭りが外部に出て行ってしまうことも考えられる。
……そんなことをマリウスに話した。
「お前は相変わらず難しいことを言う」
さよですか。
「まぁ、デメリットもあることだ。一族で話し合いをもつことにする。今日は泊まっていけ……アドリアン、お前はお嬢の世話をするように」
お嬢って言うな。
夜、夕食のあと、一度部屋に戻った。マリウスは食事に姿をあらわさなかった。
喉が渇いたので、水をもらいにいって……館の中を素で迷っていた。
おや、あの部屋から明かりが……まだ話し合いをしているのだろう。こんな遅くまでご苦労様である。
「反対だ! 我らのご先祖様がペドレッティの奴らにどんな仕打ちを受けたのか忘れたのか!」
ありゃあ?
この話の舞台になっているのはイタリアによく似た地形の架空の地域です。
男性登場人物のほとんどにはモデルとなっている人物がおり、「そのモデルとなっている人物の所属している、または所属していたチーム」の本拠地が、その登場人物の勢力範囲となります。
モデルとなっているのはあくまで外見と地域だけであり、その人物の能力や適正、チームの規模や本拠地の規模などはまったく関係ないものとします。
☆今回の登場人物のモデル
ジェルメーヌ・ペドレッティ:ヒト科