来村
「お前は怖がらないんだな」
コスプレ衣装に着替えていると、不意にベルナールお兄様がぼそりと呟いた。
「えっ、なんです?」
「いや、普通の令嬢はあれだけ斬り合いに巻き込まれたら気絶でもするだろうに。悲鳴もほとんどあげなかった……それこそ手が飛んできたときくらいか」
嘘つき。斬り合いになってなかったじゃないか。一方的に斬ってただけじゃないか。
「うちよりももっと名門のご令嬢が、悲鳴どころか陣頭指揮とってるじゃないですか」
ガスティン侯爵の妹のセリーヌのことである。武力92。
「あれは別だろう」
そりゃそうか。
「ベルナールお兄様は私を守るために体を張ってくださった。それを恐れるのは失礼だと思えます……私にも得意不得意はあるので絶対に悲鳴はあげないと約束はできませんが、ベルナールお兄様のご判断に恐れはありません」
スプラッター映画とか結構得意な方。好きな映画はハロウィン。
ベルナールお兄様はただ「ふーん」とだけ言った。
騎乗したまま村に近づいていく。
まだ暗くなりはじめたばかりの時間帯である。明かりもついていることだし、村人から話も聞けるだろう。
「そういえば、ベルナールお兄様ってポイズンジャイアントに詳しいですよね」
「……メンディ大司教は、なんというか、派手な性格だからなぁ」
派手な性格。
「さっきも言った一発芸大会のときにいろいろ教えてもらったんだ。俺のことは召喚魔法物知り博士と呼ぶがいい」
「わかりました。ベルナールお兄様が亡くなったら墓石に『召喚魔法物知り博士、ここに眠る』と刻んで差し上げます」
ベルナールお兄様は目を細めて「それはやだなぁ」とぼやいた。ワガママな人だ。
「俺が学園にいたころは、こんな戦乱が起こるなんて誰も予想も想像もしていなかった時期だからな。メンディ大司教も自分の最強の魔法と言ってポイズンジャイアントを見せてくれたんだ」
最強の魔法?
「待ってください。ポイズンジャイアントはベルナールお兄様がおっしゃっていたように、とても弱かった。それが最強、ですか?」
「あの巨人汁に触れたものは病にかかる、完治はするがな。通常で半年は動くことができなくなる」
えげつねぇな、聖職者!
でも、それならメンディ大司教がガスティン侯爵家軍が撤退しても無理に追わなかったのかわかる。
追おうとしたら自分達も巨人汁の中に足を踏み入れなきゃいけないもんね。
でも、本当に最強の魔法なのだろうか。
いや、話を聞くと確かにポイズンジャイアントは強い。誰もがほしがる「時間」を作ることができる魔法だ。
それに、メンディ大司教は「戦乱が起こるなんて予想していなかったから最強の魔法を見せた」? それはおかしい。
戦乱が起こるなんて予想もしていなかった。それは確かだろう。
しかし、乱世ではない平時であれば政争が盛んになる。教団内の政争は常にメンディ大司教が中心だったはずだ。そんな中でお気楽に「最強魔法ー」なんて披露できるもんだろうか。
むしろ政争には使いづらい魔法だから率先して見せた、と考えるほうがいいかもしれない。
なにか、隠し球があると思っておいた方がいいと思う。
村に入ると、村人が慌てて飛び出してきて頭を下げた。
今回のコスプレはベルナールお兄様が残党狩りさん達から剥ぎ取った神聖騎士団の鎧である。あ、私はあんな重いもん着れないんで修道服だが。深くフードを被れば顔も隠せて返り血も目立たなくて素敵である。
村人さんが頭を下げたということはすでに勝者がどちらか伝わっているということだ。村人さんの情報が早いというよりメンディ大司教が「ガスティン家の兵が来たらこのようにしろ」とか先触れを出したのかもしれない。
「頭を上げてよいぞ」
ベルナールお兄様の言葉に頭を上げる村人さん達……その表情は、安堵?
「騎士様を派遣していただけるとはありがたいことでございます」
ん、なんの話だろう。
「隣村が逃げ出しているガスティンの連中に略奪されました。騎士様はこの村を守るためにこられたのではないのですか?」
あぁ、ガスティン侯爵も必死で撤退のための時間稼ぎしてるんだなぁ……
この話の舞台になっているのはイタリアによく似た地形の架空の地域です。
男性登場人物のほとんどにはモデルとなっている人物がおり、「そのモデルとなっている人物の所属している、または所属していたチーム」の本拠地が、その登場人物の勢力範囲となります。
モデルとなっているのはあくまで外見と地域だけであり、その人物の能力や適正、チームの規模や本拠地の規模などはまったく関係ないものとします。
☆今回の登場人物のモデル
ジェルメーヌ・ペドレッティ:ヒト科