開戦
これはあとでベルナールお兄様に聞いた話である。
「あなたがたは今回、そこまで体を張る必要はないのです。戦うのは我々なのですから」
ジャン・ヤヒアがベルナールお兄様を前に翻意を促し、パスカル・シクスは腕組みしてそれをずっと見ていた。
「あなたがたに参陣していた段階で我々の目的は果たされています。あとは精強なるシスク軍の実力を見聞なさっていただきたい」
「遊びでここにきたつもりはないのでな。多少は働いておかんと目覚めが悪い」
ジャンやパスカル・シクスはペドレッティ家が派遣した軍を後方に置くつもりだった。
ペラン子爵やアルテレサ伯爵の軍は実際に後方に配置され、退路も確保されている。
パスカル・シクスは完全に、独力で、この王軍との野戦に勝利するつもりだった。
王軍の主将は野戦巧者として名高いクルビス将軍。難敵である。それに兵力も王軍の方が上回っている……それでも、パスカル・シクスは自信に満ち溢れていた。
王軍10000人とシクス侯爵家軍8000人がぶつかり合う、その直前、ベルナールお兄様はペドレッティ伯爵家軍50人を使うようパスカル・シクスと、その腹心であるジャンに進言していた。
「ははは、目覚めが悪いのは俺も嫌いだ。不眠はつらいからな。気持ちはわからなくもない」
パスカル・シクスは笑いながら言う。
「しかし、俺は君の兄君と、一応親友といえる関係でね、君になにかあれば俺の目覚めが悪くなる。王との戦いはこれ一回では終わらん。いずれ君の力を振るうときも来るだろう。今日は素直に後ろに下がってくれんか」
パスカル・シクスは自分の実力を信じ切っていた。
「一回では終わらんのであれば、今回出ても出なくても同じだろう。そちらのプランを邪魔するつもりはない。それに……」
ベルナールお兄様はジャンのほうをちらっと見る。
「義姉上の実家に結納品を納めておらん」
ベルナールお兄様の言葉に一瞬、きょとんとした顔をする2人。しばらくして爆笑が響いた。
「ははははははは! 武勲が結納品か! さすがは軍神ベルナール・ペドレッティだ!」
「よくもまぁ、言ったものです」
パスカル・シクスは大口を開けて笑い、ジャンはにやにやとベルナールお兄様を見つめた。
「ジャン、これはベルナール殿の進言を拒絶できんな! 結納品であれば受けねばならん!」
「さようですね」
ジャンはパスカル・シクスの言葉にうっすらと笑みを浮かべるが、不意に真面目な顔になってベルナールお兄様の方を向く。
「ベルナール様、あなたの進言をありがたく受け入れましょう。しかしペドレッティ伯爵家の兵力を損なわないよう、あなた自身も怪我をせぬよう立ち回ってくださいませ」
「うん、兵を動かすつもりはない。ちょっと散歩をしようと思ってな……」
ベルナールお兄様は地図を見た。
「ベルナール様、いかがでしたか」
今回が初陣になるアドリアンが軍議から帰ってきたベルナールお兄様を出迎える。私のときと態度ちがーう。
夜のマリュー平原。明日の早朝にも両軍がぶつかるはずだった。
「俺達は後方で万が一の際にシクス侯の退路を確保することになる……出番はなさそうだがな。俺は少し散歩をしてくるからあとは任せるぞ」
「え? はぁ……」
アドリアンはベルナールお兄様の言葉に首を傾げた。
「ちょうどいい雨なのでな」
アドリアンは空を見上げる。夕方から降りはじめた雨はまだ止む気配はない。
ベルナールお兄様は空を見上げて微笑んだ。
「ちっ!」
彼は騎乗したまま舌打ちをした。
秋の雨は体を冷やす。しかも真夜中だ。いつ伝令があるかわからないのでこうして軍の後方で待機しているが、本当であればホットワインでも飲んで寝てしまいたい。
辺りは静かなものだ。兵士のほとんどは寝ているのだろう。雨の音以外は雑音はほとんどない。
雨はどんどん降って……急に馬が嘶いた。
「ん? おい、どうし……」
彼はそれ以上言葉を発することができなかった。雨中で接近に気付かなかった刺客に一瞬で命を失わされたからだ。
刺客……単騎で戦場を回り込み王軍後方にやってきたベルナールお兄様は無言で彼の死体を馬から下ろし、馬の首筋を撫でて宥めてから、彼の鎧を着込み、伝令兵の印である背中の旗を確認した。
……なんでそういう、家族を心配させることするんだろうなぁ、この人。
この話の舞台になっているのはイタリアによく似た地形の架空の地域です。
男性登場人物のほとんどにはモデルとなっている人物がおり、「そのモデルとなっている人物の所属している、または所属していたチーム」の本拠地が、その登場人物の勢力範囲となります。
モデルとなっているのはあくまで外見と地域だけであり、その人物の能力や適正、チームの規模や本拠地の規模などはまったく関係ないものとします。
☆今回の登場人物のモデル
ジェルメーヌ・ペドレッティ:ヒト科