侯爵
バッと、馬車の窓を開ける。
さすがにお父様もびっくりした顔をしていたがそれどころじゃない。
ちなみに護衛のみんなもびっくりした顔をしていた。
ごめんね。でもそれどころじゃないんだ。
「フレデリック! フレデリーック!」
「は、はい! ただいま!」
走っていた馬車は止まり、フレデリックが騎馬で近寄ってくる。
「どうなさいましたか!」
「ちょっと、とりあえず馬車に乗って! ……みんなは小休止ねー!」
別に急ぐ旅ではない、現時点では。それよりもユーリお兄様の発言を確認する方が重要だ。
馬車に乗り込んだフレデリックに状況を話す。
「ユーリお兄様から遠話の魔法がさっき飛んできたんだけどね」
「はい」
フレデリックは緊張の面持ち。お父様も私の言葉の続きを待っている。
「ユーリお兄様が結婚することになったって」
「ぱぷぅ!」
お父様がおもしろい音を立てて吹いた。そりゃそうなるよね。
「なっ、なにぃ!? なにぃ!?」
「落ち着いてください、お父様。私も状況が掴めませんし、そのためにまずはフレデリックに確認してもらいましょうよ。ねっ?」
……私も大概動揺してるが。
「あっ、ユーリ様ですか? はい、フレデリックです。はい、ジェルメーヌ様から……はい、えぇ」
フレデリックはお父様と私の方をちらちら見ながら、ユーリお兄様と遠話の魔法で交信している。
「えっと……え? あ、あぁ……あー、わかりました。とりあえずそのように伝えます」
フレデリックはお父様と私に顔を向けた。
「ユーリ様が結婚なさるそうです」
1ミリたりとも情報が増えていなかった。
だから、これは、あとでユーリお兄様に聞いた話を私なりにまとめたものだ。
「いやー、都会だなぁ」
呑気な感想を漏らしながらユーリお兄様は通りを進む。
まぁ、辺境仲良しクラブの領地に比べたら大都会だ。王国の武門の名門、シクス侯爵家の封地であるノーランは武門の家らしく城塞都市である。
しかし同時に城下町は毛織物などの製造業と、それを扱う商業で栄えていた。
人口も国内第4位の、屈指の大都市である。
「ユーリ様。ユーリ様、こっちです」
護衛さんが声をかけて、ふらふらとどこかに行こうとしたユーリお兄様を矯正する。いつもご苦労様です。
「お土産、うちの領地のワインでよかったかなぁ?」
ユーリお兄様が護衛さんに話を振るが、護衛さんには会ったこともないパスカル・シクス氏の好みはわからんがな。振られても困るがな。むしろ同級生だったらユーリお兄様のほうが好み知ってるでしょうよ。
ユーリお兄様はそういうことに気付くタイプの人ではないので、護衛さんが前もって急使を送り、忙しいであろうパスカルさんといきなり会えることになっていた。
護衛さんには頭が上がらんね。
「あれはなんだろうね?」
ユーリお兄様が街中の露店に興味を惹かれたようで、またふらふら。
生ハムの原木のようだった。このあたりでは生ハムの生産が盛んらしい。
お店の人と談笑しながらも、ユーリお兄様はゆっくりと進む。街の中心、シクス侯爵の城に向かって、である。
ふらふらと動き回るユーリお兄様を護衛さんがなんとかシクス家の城に連れて行ったのは、日が傾きはじめたころだった。
なお、護衛さんが急使でシクス家に知らせていた到着時間には、まだしばらくの余裕があった。ユーリお兄様がふらふらすることを見越した采配である。護衛さん有能。
来訪を告げるとすぐに城の中に通された。
広間……というより大広間というべきだろう、ペドレッティ家では見たことがないようなでけぇ部屋に通される。
ユーリお兄様は今にも鼻歌を歌いそうな表情だったが、護衛さんはめちゃめちゃ緊張していたようだ。
そこの中央に、パスカル・シクス侯爵が……
「ユーリ、久しぶりじゃないか!」
走り寄ってきてユーリお兄様の肩をバシバシ叩く。
「あははは! 痛いよ痛いよ! 久しぶりだねぇ、パスカル!」
「お前はあの頃とまったく変わらんな!」
「そういうパスカルはちょっと老けたかい? ……あっ、お土産! うちの領地のワインだけど」
「バカ言え。そういうときは貫禄が出たと言っておくもんだぞ! 土産、ありがたいな! さすがユーリ、俺のほしいものがわかってる!」
緊張した頭で護衛さんは考えていた。「あっ、本当に仲良かったんだぁ」って。
この話の舞台になっているのはイタリアによく似た地形の架空の地域です。
男性登場人物のほとんどにはモデルとなっている人物がおり、「そのモデルとなっている人物の所属している、または所属していたチーム」の本拠地が、その登場人物の勢力範囲となります。
モデルとなっているのはあくまで外見と地域だけであり、その人物の能力や適正、チームの規模や本拠地の規模などはまったく関係ないものとします。
☆今回の登場人物のモデル
ジェルメーヌ・ペドレッティ:ヒト科