家宰
「……」
ベルナールお兄様とセリーヌお義姉様に用事があり、ついでに見学したいとついてきたジル少年と一緒に訓練場に向かっていた最中、ぼそぼそとつぶやき声が聞こえた。
「じぇ、ジェルメーヌ様、変な人が……」
変な人だね。ほんとだね。
ジル少年が変な人と言った人物はその場に突っ立って顎に手を当てて、眉間に皺を寄せてじーっと訓練場の方を見つめながらなにかをメモしながらボソボソと呟いている。
眉間に皺が寄っているため、今は険しい表情に見えるが、普段は目もタレ目気味で柔和な青年だ。
きちっとした着こなしと、かっちり固めた髪型でメモをしたり、メモを見返したり……
「不審な行為でジル様を怯えさせないでください」
「おうわぁ、びっくりした」
青年は背筋をびくんっと跳ねさせてからこっちを見た。
びっくりした人間が「びっくりした」なんて言うか?
「ごきげんよう。なにをしてるんですか?」
青年は先ほどまでの険しい顔を、普段のタレ目に戻していた。
「ごきげんよう、ジェルメーヌ様、ジル様。私もこうして親の後を継ぐことになりましたので、訓練を、と思いまして」
今まで家宰を務めていたシャルルの息子で、引退したシャルルの後を継いで家宰に就任したクロードは柔和に笑った。
「訓練、とは?」
「はい、ここから訓練場を見ておりました」
確かにこの場所からは訓練場がよく見える。
「うちの父は、身内褒めになってしまいますが、なかなか優秀な人間でして、一度見た人の顔を決して忘れなかったんです」
あぁ、確かにシャルルはそういうところあったなぁ。シャルルはペドレッティ伯爵家の生き字引だったから、彼の人物把握能力にどれだけ助けられたことか。
「私もせめて父と同じく人の顔は忘れないようにしたいと思いまして、訓練場で訓練している兵士の顔と名前を一致させる練習をしておりました。訓練を見ながら訓練というのもよいものですね」
「あぁ、それは素晴らしいですね。自分の足りないところを積極的に補っていくのはとてもよいことだと思います」
私も顔見知りの兵士はわかるけど、訓練場の全員とかは無理だしなぁ。顔と名前を一致させる練習にはいいのかもしれない。
私なんか、前世でクイズ番組を見てて、回答が「サイババ」という問題のクイズに「あー、顔はわかるんだけどな! 名前なんだっけ!あの、ビブーディー出す人! あの、ほら、ビブーディー!」と、名前が思い出せないのにビブーディーだけ思い出して、身悶えたことがあった。あぁいう思い出せないのってつらいよね。
「じゃあ、今、整列してる一番手前の列の後ろから3番目の人は誰ですか?」
「ステファンですね。彼は実家がクレティアンの近郊ということで、あの辺りからガスティン侯爵軍を打ち払ったジェルメーヌ様にとても感謝していましたよ」
……ん?
「今、アルノー将軍に話しかけられてるのは?」
「モーリスです。彼は最近姪っ子さんが結婚したとかで嬉しそうでしたね」
おや?
「名前だけじゃなくて、ちゃんと覚えられてるじゃないですか」
「このデータを、顔を見なくても自分の頭の中から自由に引き出せるようになりたいんです。データの絶対量も足りませんからね。今後、どんどん増やしていかなければ、伯爵閣下からご下問を受けたときにすぐにお答えすることができません」
それで訓練か……
世代が交代したことでペドレッティ家も変わっていく。
まぁ、それが健全な家というものでしょうとも。
ふと、なにかを考えているようなジル少年が目に入った。
「どうしました?」
「いえ……ディガール侯爵家で家宰をされていた方もすごかったなぁって思い出していました」
そりゃすごいでしょうよ。
ディガール侯爵家はシクス侯爵、ガスティン侯爵に並ぶ、この国の英雄の血統だ。
管理することも多いだろうし……
うーん、そのレベルとは言わなくても、ウヴェナー伯爵家の再興に向けて、家宰も育成しなきゃいけないのかもしれない。
この話の舞台になっているのはイタリアによく似た地形の架空の地域です。
男性登場人物のほとんどにはモデルとなっている人物がおり、「そのモデルとなっている人物の所属している、または所属していたチーム」の本拠地が、その登場人物の勢力範囲となります。
モデルとなっているのはあくまで外見と地域だけであり、その人物の能力や適正、チームの規模や本拠地の規模などはまったく関係ないものとします。
☆今回の登場人物のモデル
ジェルメーヌ・ペドレッティ:きつねさん