病魔
その日、うちに漂っていたのは暗い空気だった。
ベルナールお兄様は壁にもたれかかり扉を睨むように見つめていた。
セリーヌお義姉様は立ち尽くしたまま俯いていた。
アメリーお義姉様は椅子に腰掛けて目を瞑っていた。
「おかえりなさいませ」
家宰のシャルルが声をかけてくる。
「お茶でもお入れしましょうか」
いらない。そんなのはどうでもいい。落ち着いてなんかいられない。
「お父様は容体はどうなのですか」
その日、学園に駆け込んできたマリオンから知らされたのはお父様が倒れたという報告だった。
原作ゲーム、王冠の野望の中ではシナリオ1の5年後にはじまるシナリオ2開始時点でお父様……クリスティアン・ペドレッティ伯爵は流行病にかかり病死していた。
だからこそその予防のために石鹸を作り、医者を招聘したのに……
今、部屋の中ではファンニ医師がお父様のことを診察してくれている。
私には祈ることしかできなかった。
「私の、せいです」
ぽつりとアメリーお義姉様が呟く。
みんながアメリーお義姉様のほうを向いた。
「私はずっとお義父様とお仕事をしておりました……倒れられる前に様子がおかしいことにも気づいていました。もっと早くにファンニ先生をお呼びしていれば……」
あれ?
「……なにが、あったのですか?」
アメリーお義姉様は目を瞑ったまま教えてくれた。
その日はお父様は朝から調子があまりよくなさそうだったそうだ。
呂律が回らず、そのことをアメリーお義姉様が尋ねると「前日の酒が残っているのかもしれないね」と言って笑ったそうだ……あんなにお酒に強い人だったのに。
アメリーお義姉様と一緒に領内経営の書類を作っているときも、顔が引き攣ったようになり、「手が痺れる」と言っていたそうだ。
そして……
「お義父様はそのまま倒れられました。すぐにファンニ先生にお知らせしましたが、意識は戻っておられません」
アメリーお義姉様はそのまま両手で顔を覆ってしまった。
「アメリーお義姉様が悪いわけではないじゃないですか……」
悪いのは私だ。
原作ゲームと違う展開になっていたことはすでにわかっていた。
暗殺されてないはずの人が暗殺されたり、病気が治らないはずの人が完治したり……
しかし、お父様に関して、疫病などは流行っていなかったから油断をしていた。すでに違う展開になるということはわかっていたはずなのに。
お父様のゲーム内での死因は疫病……流行病だ。
お父様が倒れることがあるとすれば疫病でしかないと思い込んでいた。
お父様が倒れた原因は恐らく脳だ。
アメリーお義姉様の話は脳梗塞などの前兆でよく聞く症状だった。
問題はファンニ医師がそれに気づくことができるのかということ。そして治すことができる技術力があるのかということ。
ファンニ医師が名医であることは今までの実績からわかっている。
でもこの王国の医療レベルから、それに気づくことができるか……気づいたとしても治療ができるのかは別の話だった。
私には、ただ、祈ることしかできなかった。
学園から帰ってきたジル少年が一度顔を出してくれた。
しかし、私はまともに対応することができず、気遣ったジョゼフさんがジル少年を部屋へ連れて行ってくれた。
ジル少年には塩対応をしてしまって申し訳ないことをした。
笑って謝るために……お父様、無事でいてください。
普段、明るく軽いマリオンが表情を固く、歪めている。
マリオンにとっては尊敬する領主だ。私よりもはるかに信頼している存在のはずだ。
「マリオン、あなたは休んでいなさいな」
私の言葉に泣きそうな顔になりながら「お願いします。このままいさせてください」とだけ言った。
夜はふけ……
再び日が上ったころ、ファンニ先生が治療を行っていた部屋のドアが開いた。
この話の舞台になっているのはイタリアによく似た地形の架空の地域です。
男性登場人物のほとんどにはモデルとなっている人物がおり、「そのモデルとなっている人物の所属している、または所属していたチーム」の本拠地が、その登場人物の勢力範囲となります。
モデルとなっているのはあくまで外見と地域だけであり、その人物の能力や適正、チームの規模や本拠地の規模などはまったく関係ないものとします。
☆今回の登場人物のモデル
ジェルメーヌ・ペドレッティ:きつねさん