信条
ケルシア元大司教の娘、フランソワーズ・ケルシア嬢がティボー・ガスティン侯爵に確保された。
現在、ティボー・ガスティン侯爵はメンディ大司教により破門され、権威が失墜した状態にある。
ジェルミ教団はこの王国ではそれなりに権威があるため、ガスティン侯爵家としても今までは周囲から当たり前のように得られていた協力も拒否され、非常に苦しい状態にある。
ガスティン侯爵家はお伽話にも登場するドラゴンを倒した英雄王に従った英雄の血族だ。
しかし、その英雄王の直系である王族自体がこの国に戦火をもたらしている。
敵対するシクス侯爵家は着々と王家との戦いの中で民衆からの支持を集めつつあるのに対し、ガスティン侯爵家は王家と領土を接していないのもあり王家との戦闘もままならない。
民衆からの期待はすでにどん底だった。
先代大司教の娘であり、メンディ大司教に放逐されたフランソワーズ嬢には権威がない。
ケルシア先代大司教は決して清廉潔白な人物ではなく、むしろ政敵であった当時司教のメンディ大司教を追い落とそうとして逆に追放された人物だ。
しかしケルシア先代大司教はそれを逆恨みし、娘に自分の正当性を吹き込み続けた。
フランソワーズ嬢はジェルミ教団にいた当時はメンディ大司教が認めるほど能力を示していた人物だったらしい。
能力があり、教団の実情もよく知っている、メンディ大司教を恨みに思う人物の出来上がり、というわけだ。
しかし、この両者が結びついたからといって、障害があることは確かだった。
つまり、「ジェルミ教団では女性の大司教を認めていない」ということ。
別にジェルミ教団内で女性の地位が低いという話ではない。
聖女や海軍トップにクレール提督を例に出すだけで、女性の地位は低くないことは明らかだ。
しかし大司教の道だけは閉ざされている。
これは……メンディ大司教にも理由を聞いたのだけど「そういうものだから」ということで、特にしっかりとした理由はないらしい。
しかし、この「そういうものだから」はトップ層だけでなく、民衆にも行き渡った考えであるということだ。
一部の人間が「おかしい考え方だ!」と声を上げたとしても、信徒の大多数を占める民衆は「そういうものじゃないですか」で回答し、問題提起になることすらない。
大司教になれなくても、教団での女性の地位は別に不当に低いわけではないのだから、民衆を動かすほどのものではなくなる。
今のまま、フランソワーズ・ケルシア嬢が大司教を名乗って、新しい権威としてジェルミ教団を批難したとしても、「古い権威の力」と「女性の大司教」という二つの事実に阻まれ、民衆の支持も得られないだろう。
これが、フランソワーズ・ケルシア嬢ではなく、フランク・ケルシア氏になったらどうか。
そもそもケルシアさんは先代大司教の子供だ。
新しい教団を作ったとしても、ジェルミ教団の権威の力を借りることはできる。
……ここまではフランソワーズ・ケルシア大司教の場合と変わりない。
男装することによって、男性の大司教であると民衆に認識させることができる。
男装であることがばれたとしても、「メンディ大司教は父の仇である」ということを前面に押し出すことによって同情票を買うことができる。
民衆は判官贔屓するものだからだ。
「父の仇を討つために、女性の命である髪を短くし、男装して孤軍奮闘する美貌の令嬢。しかも能力に長けている」なんて、そんなもの、誰でも支持するでしょう。
「困りましたね」
「強いられた信条を使うか……」
なんでもないことのように大司教が呟く。
強いられた信条ってあの……私を襲ったあれでしょう? 確かに暗殺にはうってつけの魔法だとは思うけど……
私は首を振る。
「あれは、犯人が分かっても問題がないときに使うべきです。私のときもなんだかんだですぐに強いられた信条の魔法ことを割り出すことができましたからね。魔法を使って暗殺したことがわかれば、もっと厄介なことになります」
「そうだなー」
仕方なさそうに笑う大司教は、ふと気付いたように私を見てきた。
「……そういえば、家族を敵対した人間を敵っつってるわりには強いられた信条を使った俺のことは敵認定してないのか?」
「別に家族は傷ついてないじゃないですか。だったらいいんです」
私の回答に大司教は困ったような顔をした。
「もっと自分を大事にしなよ……俺はお前のこと気に入ってっぞ?」
はいはい、ありがとうございます。
この話の舞台になっているのはイタリアによく似た地形の架空の地域です。
男性登場人物のほとんどにはモデルとなっている人物がおり、「そのモデルとなっている人物の所属している、または所属していたチーム」の本拠地が、その登場人物の勢力範囲となります。
モデルとなっているのはあくまで外見と地域だけであり、その人物の能力や適正、チームの規模や本拠地の規模などはまったく関係ないものとします。
☆今回の登場人物のモデル
ジェルメーヌ・ペドレッティ:きつねさん