治安
おっさんは後ろを向いて……
そっちの方には誰もいませんよー。
「おやっ」という顔をして自分を指差して……
そうそう、あなたのことですよーってぶち転がすぞ。
まぁ、私にとって古典的なネタであるというだけでこっちの方の人にとっては斬新なネタだろうからなぁ。
その証拠にジル少年は笑いを堪えるように真っ赤になっている。
おもしろいおっさんである。
「ありゃりゃりゃ、私のことでしたか。これは気づきませんで」
にこやかな笑いを浮かべるおっさんは……40歳くらいだろうか。いい服は着ているけど、多分武闘派だ。服の下の筋肉が……
「私はレミと申します。元クープ家私兵団で突撃隊の隊長をやらせてもらっておりました」
ふむ……
「元?」
「あぁ、ナシム様は今回の入学はブルース様とサラ様のお2人だけですが、今後も学園を応援するつもりでおられます。ジェルメーヌ様のご希望に添えるようであれば、私はクープ家私兵団の一員としてではなく、あくまで学園の職員として雇っていただいた方がいいだろうというナシム様のご判断です」
あぁ、その考えは確かにありがたい、けど……
「……そうなると、あなたはクープ家とはまったく切り離して考えられる立場になりますけどいいのですか? 例えば現実的にブルース様と別の学生さんに同時に危険が迫ったときとか」
「そりゃあ……ブルース様をお救いせざるを得んでしょうなぁ」
「ですよねー」とお互い苦笑を交わす。ブルース君は「それは公平じゃないだろう!」とレミさんを叱り、レミさんはそれに「まぁまぁ」と収めようとしている。
……ふーん、ブルース君はなるべく公平性を求める性格か。これが子供特有の正義感によるものか、それとも本人の特質によるものかは要観察かな。
「いえ、現実問題として理解はできますよ。実際にレミさんはブルース様、サラ様を見知っている……見知っている人を見捨てるのは難しいですからね。どうしても公平ではない部分は出てきます……いいですか、ジル様。ジル様もこのかたと仲良くしておいてくださいね。仲良くしておけばちゃんと守ってくれます」
「はい、わかりました」
ジル少年は素直に返事をし、レミさんは苦笑を深くした。
「ちなみにレミ様の実戦経験などを伺ってもよろしいでしょうか」
「隊商の護衛が主ですね。ですから私が相手にしてきたのは賊がほとんどです。隊商は毎日どこかしらで動いているものですから、私自身も王国の北から南までどこにでもいきましたし、実戦経験はかなり積んでいる方だと自負してますよ」
……賊はそんなにいるのか。
そんなに治安が悪いのか、この王国は。
「いや、場所によりますよ、やっぱり。ペドレッティ伯爵閣下の領地は非常に治安がいいです。シクス侯爵閣下の領地も治安が悪いほうではないんですが、大きな賊がいるようですから。ただやっぱり治安の悪い場所だと隊商と見ると襲ってくることはありますね」
私が考え込んだのを見て、レミさんがフォローしてきた。
シクス侯爵家領の大きな賊……は、今ごろ討伐大作戦の真っ最中とかじゃないかなぁ。
「まぁ、あなたの役割は理解しました。理解した上でお願いがあるのですが」
「はいはい、なんでしょう」
軽いおっさんだなぁ。
「いえ、あなたが第一に考えるのはブルース様やサラ様であるのは心情的に仕方がないと思うんです。やっぱり知っている人を第一に考えてしまうのは人間として仕方がないですからね……それはそれとして、新たに人材を雇っていただいてあなたの下に学園直轄の治安組織を作ってください。それこそある程度中立な」
レミさんは首を傾げる。
「ある程度、とは?」
「あなたご自身と同じです。例えばよく話しかけてくる学生は守りたくなるものでしょう? その人を守ったら厳密には中立ではないでしょうから」
レミさんは「あー」とだけ言った。
この話の舞台になっているのはイタリアによく似た地形の架空の地域です。
男性登場人物のほとんどにはモデルとなっている人物がおり、「そのモデルとなっている人物の所属している、または所属していたチーム」の本拠地が、その登場人物の勢力範囲となります。
モデルとなっているのはあくまで外見と地域だけであり、その人物の能力や適正、チームの規模や本拠地の規模などはまったく関係ないものとします。
☆今回の登場人物のモデル
ジェルメーヌ・ペドレッティ:きつねさん




