勉学
「はじめまして。ナシム・クープの息子、ブルース・クープと申します」
「はじめまして。クープ商会、番頭のオリバー・フルニエの娘でサラと申しますわ」
ブルース君にサラちゃんね。
サラちゃんはナシムさんがちょうどいい年齢と言っていたから15歳だろうか。とても理髪そうな子である。確かにこの子に学問を納めさせたら今後の商会は安泰かもしれない。
そしてブルース君は、うん、彼がよそに出すことができないような性格だったら学園への入学をナシムさんの方で断っていたはずだ。子供にそこまでの重荷を背負わせるべきではないという正論めいたことは置いておくとして、クープ家当主の長男というのは彼の言動によってクープ商会全体の評判が決まってしまうような立場である。学園には貴族の子弟が多い。来期は特に多い。貴族からの評判を下げるようなことはしたくなかったはずだ。
それでも彼の入学を許可したということは、ある程度優れた子だっていうのは想像できていた。
「父からはジル様の学友に相応しくあれと教わって参りました」
「そのように肩肘を張らないでくださいませ。友とは安らげる場所でもあると私は思います……例えばいきなり狐面をつけて登校しても、しばらくしたら話題にもならなくなるような。ですからブルース様は『仲良くしよう!』などと思わず、普通に学んでくださいませ。その中でジル様と仲良くできると思ったら仲良くしてあげてくださいませ」
ブルース君は困ったような顔をした。でも押し付けられた友達なんてなぁ、ってならない?
いや、半分押し付けたようなもんなんだけどさ……
相性が絶望的に悪い人と「仲良くしろ!」なんて酷な話だし。
「ジル様もですよ。どうしても『友達になりたくない』という人がいるのは事実です。そのような人と無理に仲良くする必要はありません。学園はあなたを苦しめる場所ではないのです。ジル様が有意義な時間を過ごされることを祈っておりますわ」
ジル少年は「はい!」と元気に返事をした。うーん、美少年。
「で、そちらのサラ様はなにを学びたいということはあるのですか?」
「……はい、簿記を学びたいと思っております」
あれ、なにか戸惑いがあったような……?
「他に学びたいことがあるのではないのですか?」
「いえ、そのような……この簿記の技を極めることができなければ、私は必要とされない子になってしまいます」
あぁー、これはサラちゃん、変な追い詰められ方されてるぞぉー?
実際彼女のお父さんになんて言われてるかはわかんないけど、これはよくないなぁ。
「うーん……先に言っておきますけど、簿記ってそんなに難しくないですよ?」
「へっ?」
サラちゃんは私の言葉に間抜けな声を漏らした。
いや、実際、私自身が簿記の資格を取ろうと思い立って、知識ゼロの状態から6ヶ月の資格学校に通ったんだけど、3ヶ月で簿記3級の模試で合格点が取れなかったことはなかったのよね……
実際の試験もケアレスミスで1問間違えただけの余裕の合格だったし。2級は独学で合格しちゃったし。
「もちろん勉強にだって相性はありますから、サラ様にとっては難しい学問である可能性はありますが、そこまで思い詰めるほどのものでもないですよ。もしどうしても難しいようでしたら、私も手伝えます……さぁ、サラ様は簿記をマスターしたら、今度はなにを学びたいのですか?」
サラちゃんは顔を紅潮させた。
「あ、あ、あのっ……! わ、私っ、詩が好きなんです!」
ブルース君が「へぇー、はじめて知った!」みたいな顔をした。サラちゃん、今まで抑圧されてたんだね。
「ユーリ・ペドレッティ様の詩が好きでっ!」
あら、嬉しい。
「じゃあ詩のお勉強もしながら、簿記も学びましょうね。簿記は気合を入れなくてもまったく問題なくマスターできるわよ」
「はいっ!」
サラちゃんは嬉しそうに返事をした。
さて……
「で、あなたはどなたでしょう?」
少年と少女と、それに並んだおっさん! お前は誰だよ!
この話の舞台になっているのはイタリアによく似た地形の架空の地域です。
男性登場人物のほとんどにはモデルとなっている人物がおり、「そのモデルとなっている人物の所属している、または所属していたチーム」の本拠地が、その登場人物の勢力範囲となります。
モデルとなっているのはあくまで外見と地域だけであり、その人物の能力や適正、チームの規模や本拠地の規模などはまったく関係ないものとします。
☆今回の登場人物のモデル
ジェルメーヌ・ペドレッティ:きつねさん