卑猥
「仮面の野郎の話、聞きたい?」
「聞きたくないです」
すげぇ聞きたくない。あんなもん全部ジャンさんに任せたい。
あぁ、べシェさんはジャンさんの部下になるのか。じゃあべシェさんが好きにやっちゃってくれ。
「いやいや、聞いてもらうぜ。あの危険な野郎の話をな」
危険で卑猥な話されちゃうぅ……
「あ、その前に……」
「おう、どうした?」
べシェさんの話を止める。
「仮面の中身のこと聞いてます?」
それによって、私もこの人にどこまで話をしていいか変わってくるだろう。
「おう? ベルナールの妹だろう? ジェルメーヌ嬢」
仮面っつっても私のことじゃねぇよ。エルザ呼んでまた沈めるぞ。
「冗談だよ。殿下だろ?」
……ふぅん。
なるほど。べシェさんは一部の人間にしか明かされていない仮面の正体を知っている、と。それはべシェさんがどの程度優秀かを示すものだ。
「でな? 今、侯爵閣下の客人にかの有名なモブル先生がいるんだ」
さっぱり知らない人だ。きょとんとしたらべシェさんに「はぁ?」って顔をされた。
「……ジェルメーヌ嬢、知識に偏りありすぎだろう」
呆れたように呟かれてしまった。えー、そんなに一般常識な有名人なの?
モブル先生とは人物鑑定家として高明な人物らしい。
三国志の許劭とか司馬徽みたいなもんか。
この国はまだ魔法で遠方の相手と話ができるとはいえ、情報インフラが発達しているとは言い難い。
その人物の能力を測ろうと思ったら、実際に対話するしかないわけだ。
だから雇い主が直接知らなくても人物鑑定家が高い評価を下した人物には仕官の道が開けてくる。人物鑑定家とはその人物の性格を丸裸にした上で評を下す生業である。
……絶対一般常識の範疇の人物じゃないわ、それ。
「ジェルメーヌ嬢もどうだ? モブル先生と話をしてみては?」
ニヤニヤと笑いながらべシェさんが話しかけてくる。
「いやですよ。可愛いきつねさんって評価くらいしか得られませんから」
わかりきった回答を聞く意味もないだろう。
べシェさんは「おー……可愛いって自分で言っちゃうんだな。いや、うん、好みもあると思うけど、うん」とか言ってた。他の人からは言われないんだから、せめて自分で言っとかないとね。
「モブル先生の仮面評だ。『禍いの中心地』だってよ」
「最悪じゃないですか。よかった、うちにいなくて!」
べシェさんがゲラゲラ笑ったので、私も安心した。
本当によかった! うちにいなくて! よかった!
べシェさんは笑いを止めて、大きくため息をつく。
「……仮面殿下もそれなりに優秀なお方じゃあるんだが、子供のころからもっと優秀な人間と比べられ続けてきた。かつて英雄王といわれた当代ヴァンヌッチ国王だ」
あー……
「国王がこうなっちまってる現状、どっちが優秀ってのはもうわかんねぇにしろ、子供のころの扱われ方で人格ってのは簡単に歪むからな」
確かにその通り。
「じゃあどう歪んじゃったんですか?」
「乱を好むもの」
もう聞きたくなくなった。
「絶対に勝てねぇ相手がすぐ上にいる。しかし乱世だったらどうだ? 昨日まで生きてた人間が今日には死んでる世の中だ。自分の目の上のたんこぶもすぐに死ぬかもしれない……モブル先生によれば仮面の土台はそこにあるんじゃないかってことだ」
「えっと、モブル先生も仮面の中身知ってるんですか?」
べシェさんは肩をすくめる。
「知らんよ。知らんのにここまで当てられた」
すげーな、モブル先生。チェックしとこ。
「いいか。国王が狂ったのは舞踏会の夜だ。それまでは仮にも英雄王と呼ばれるにふさわしい人物だった……そして、いいか? これは大事なことなんだが……仮面が追放されたのは舞踏会の夜じゃない。時期はほぼ同じにせよ直前だ」
……善王によって癌になり得る存在が追放された?
「南の海賊についたが、そこじゃ思うように乱を操ることができなかった。だから、シクス侯爵家にきた……なんて想像はどうだ?」
「それはそれは……私は本件では苦労しなくてすみそうなのでとてもよかったです」
私の言葉にべシェさんは「この野郎」と言って苦笑した。
この話の舞台になっているのはイタリアによく似た地形の架空の地域です。
男性登場人物のほとんどにはモデルとなっている人物がおり、「そのモデルとなっている人物の所属している、または所属していたチーム」の本拠地が、その登場人物の勢力範囲となります。
モデルとなっているのはあくまで外見と地域だけであり、その人物の能力や適正、チームの規模や本拠地の規模などはまったく関係ないものとします。
☆今回の登場人物のモデル
ジェルメーヌ・ペドレッティ:きつねさん
モブル先生:チェーザレ・ブランデッリ