祝辞
「うそでしょう? あの人暇なんですか?」
私の言葉に学長マルレ教授は苦笑を浮かべた。
卒業を翌日に控えた学園で、方々からの祝辞を確認していたのである。
学園のことは国内でそれなりに評判だったらしく、来期の入学生は今年よりもはるかに多い。また、教授の数も増えた。
生徒はやはり辺境仲良しクラブの住民が割合としては一番多いが、シクス侯爵家やガスティン侯爵家、ジェルミ教団やサヴィダン公爵家からも入学生がいる。ちょっと早いけどジル少年の希望で彼も入学することになった。
シクス侯爵家からは私との同級生にはエルザがいたけど、サリウ氏とは別の分家の子息子女が入学してくるらしい。
ガスティン侯爵家との間にも会戦が起きたが、現状ではジェルミ教団領から港を奪い取ったということでうちと争う意味はひとまずなくなった、ということなのだろうか。もちろん油断できるわけじゃないけど。まぁ、もともとガスティン侯爵自身が文武のうち文に偏った人なので、学園というもの自体への興味は大きいのだろう。ただ、ガスティン侯爵家のジェルミ教団からの破門はまだ解かれておらず、それが原因でいじめが起きないかはちょっと心配ではある。
私達の代にはサヴィダン公爵家からの入学生はいなかったから、知名度が上がったのだなぁとつくづく思う。サヴィダン公爵家の所領は王国の南部だ。こんな北の辺境まで子女を送ってくれたのは非常にありがたいことだ。
そしてジェルミ教団も1年前は完全に敵だった。なにせ私を襲ってきたからなぁ。これについては聖女が教団で学びについての有効性を語り、うちの学園への入学を奨励してくれたらしい。聖女、本当にいい子だわ……
そういった勢力から1人2人ではない数の入学生が入ってくるのだ。
……学費だけで相当潤ったらしい。
学園では辺境仲良しクラブの領民以外からは授業料を取ることになっている。だから辺境仲良しクラブの領民は農民層がかなり多い。
しかし、それ以外の勢力からは安くない学費を納めてもらうわけで、だから学生は授業料が払える層……貴族層がほとんどだ。裕福な商人からの入学もあるが、まだまだそこまで多くはない。簿記とか教えてあげれば商売にも役に立つんじゃないかしら? それだったら私にも教えてあげれるし……
貴族が子女をこの地に数多く送ることができるというのは、学園がステータスとして認められたということだし、戦場にならない平和な地と思われているということだ。
……ユーリお兄様が命がけでニコラ・シクスの進軍を止めてくれたからこそ守られた評判だ。
あの人は亡くなってからも家族思いなんだよなぁ……
……で、最初の話に戻る。
「忙しい人じゃないんですか?」
私が祝辞の書かれた紙をぺらぺら振るとマルレ学長は苦笑しながらフォローする。
「あの方は……教育にも力を入れておられましたからな」
知ってるよ。教育だけじゃないよね。
内政にも軍事にも能力を発揮する王国のブレーン。慈悲深い領主。国王の軍師。
デュマ大公。
なんで祝辞送ってきたんだ、この人。
祝辞の内容としては特に真新しいものはない。
「なにかの暗号が隠されてるんでしょうか?」
どう見ても普通の祝辞だ。卒業生の今後の活躍を祈っているとか、そういう無難な感じのやつ。どうせ暗号とかいうんだったら「おためたでとたうた。ヒント、たぬき」くらい突き抜けた暗号を決めてほしいものだ。
「私も王都の学園では、卒業のころに宰相閣下から祝辞をいただいていたものです。宰相閣下は王都の学園の出資者の1人でございましたしな」
あぁ、向こうの学園の出資者だったのか、宰相。
そりゃうちの学園の教授はほとんど王都から招聘した人々だから、悪印象もないでしょうよ。
私も……
うーん、私も悪印象という意味だったらそこまで大きくはないなぁ。話してて楽しいおっさんだったし。
この話の舞台になっているのはイタリアによく似た地形の架空の地域です。
男性登場人物のほとんどにはモデルとなっている人物がおり、「そのモデルとなっている人物の所属している、または所属していたチーム」の本拠地が、その登場人物の勢力範囲となります。
モデルとなっているのはあくまで外見と地域だけであり、その人物の能力や適正、チームの規模や本拠地の規模などはまったく関係ないものとします。
☆今回の登場人物のモデル
ジェルメーヌ・ペドレッティ:きつねさん