部屋
お父様の動きは早かった。
戦死したロジェ・ウヴェナーと私が婚約していたこと……まだ成立していなかったはずだが、お父様本人が話を盛ってきた。そして、ジル少年がペドレッティ伯爵家の庇護下にあることと、ジョゼフがいかに忠勇の士であるかを喧伝したのだ。
ウヴェナー伯爵家の寄親であり、やはりウヴェナー伯爵家と同様に族滅されたディガール侯爵家出身で、パスカル・シクスの嫁であるクリステルさんからはジル少年に一度会いたいという個人的な手紙をもらったらしいことを本人が目を白黒させながら報告してくれた。
注意してほしい。クリステルさんは外交的に意味があることだから会いたいとかそういうんじゃなく、ただ話が聞きたいから会いたいといってるだけだぞ。あの人はそういう人だ。
「今までよくがんばったね。よければ君のことを家族として迎え入れさせてほしい」
「伯爵閣下!」
お父様がジル少年を抱きしめ、ジル少年は感極まったようにぼろぼろと泣きじゃくりはじめた。
今までずっと緊張を強いられる生活してたんだろうしなぁ。
でも家族……家族かぁ。
今、うちの屋敷と呼んでいる場所はまだ屋敷じゃない。
以前の屋敷は諸事情あって火事で焼失し、今は郊外の古い家を仮の屋敷として使っている状態だ。
新しい屋敷はまだ完成していないので……職人さんには急な変更になってしまい、非常に申し訳なくはあるのだが、ジル少年の部屋はきちんと作ってもらうとして、問題は今の仮の屋敷である。
客間といえる場所が2つしかないのだ。
そのうち1つは現在、サリウ氏が使っている。こちらに動いてもらうのは論外。
領民がちょいちょいうちを訪れることを考えると客室を2つとも埋めるわけにはいかない。領民がうちにきたら、うちの家族はとりあえず飲ませちゃうのだ。べろべろになった領民を「じゃあ今日の宿は離れた場所だけどがんばって行ってくださいねー」とかいうのはさすがにかわいそうだろう。
じゃあ近所の家を借りて、ジル少年には一時的にそっちに住んでもらって……というのも、あまり採用したくない方法なのである。
サリウ氏を狙った暗殺者ギョームは「昔馴染みがこの街にいる」ということを名目にサリウ氏の元を離れた。
その間の足取りがまだ追えていないのである。
ギョームの知り合い……もっと言ってしまえば、同じ組織の人間がこの街にいるかどうか確実に洗えていない以上、この屋敷から離れた場所で生活させるのは危険だ。
正確にはうち以外に一箇所だけ「恐らく客間がある」、「要人の警護ができる屋敷」というのがこの街にあるにはある。
辺境仲良しクラブの要人であるアルテレサ伯爵家の令息のロニー君は、学園の運営にも関わっているため、普段は領地じゃなくてこの街の屋敷で過ごしているのである。
ロニー君のことだから頼めば受け入れてくれはするんだろうけど、あまり甘えたくはないし、美少年は側に置いて愛でたい。愛でたい。
「考えたのですが……ジル様には私の部屋で生活していただきましょうか。手狭になっちゃいますが」
みんながぎょっとした。
「ダメ! ダメです! 未婚の女性が破廉恥です!」
セリーヌお義姉様が真っ赤になって止めてくる。いや、こんなきつねさんの火傷女とどうこうなろうっていう少年もおるまいよ……
「それだったら俺の部屋に受け入れればいいだろう」
ベルナールお兄様も止めてくるが、それはもっとダメです。夫婦の時間を作れなくなっちゃうじゃない。
「ジェルメーヌさんはもっとご自分の魅力を自覚なさってください……」
アメリーお義姉様に悲しい顔をされた。そんな顔しないで! すごく悪いことをしてる気分になっちゃう! ……魅力って、そんなにこの国にはケモナー多いのかなぁ。
「うーん、うちの娘はこう言っているが……あまり賛成できない」
「ぼ、僕も困ります」
お父様の質問にジル少年が答えた。振られてしまった……ジェルメーヌ悲しい。悲しいジェルメーヌ。
「はじめてお会いしたときから、すごく優しくて、素晴らしい方だと思ってて……僕と一緒の部屋にいることになったら、きっとジェルメーヌ様に悪い評判が立ってしまいますので」
社交辞令で断られてしまった。しょんぼりだ。
結局、ジョゼフは近所の一軒家を借り、ジル少年は一時的にお父様の部屋で暮らすことになりました。
この話の舞台になっているのはイタリアによく似た地形の架空の地域です。
男性登場人物のほとんどにはモデルとなっている人物がおり、「そのモデルとなっている人物の所属している、または所属していたチーム」の本拠地が、その登場人物の勢力範囲となります。
モデルとなっているのはあくまで外見と地域だけであり、その人物の能力や適正、チームの規模や本拠地の規模などはまったく関係ないものとします。
☆今回の登場人物のモデル
ジェルメーヌ・ペドレッティ:きつねさん