情勢
「なるほど、学園をな……いや、いいとは思うが」
教授の招聘をお父様に打診したところ理解はしてもらえた。
「ただ、私は学園を結局卒業できなかった身ですし、お父様はどなたかこの地にきてもらえそうな教授に心当たりはありませんでしょうか」
そういえば私は王都で在学中にこんなことになっちゃったわけで……中退ってことになるのかなぁ。凹む……
「ふむ、それは心当たりに聞いてみよう」
「あとはお金の管理ですかね」
私の知っている歴史だと簿記は古代バビロニアで発明されたものだから、こっちの世の中でもあるはず。
私、簿記2級なんですよ! ヤッタネ!
「む、そうなのか? 簿記というものがあるということは知っているが……」
あ、そのくらいの認識? 便利なんですよぉ、これ。左右の数字がぴったり合ったときの快感は病みつきです。
「では、会計の管理はお前に任せるとしよう。シャルルから引き継ぎを受けなさい」
あ、私がやるんですか? いいですけど。
そういうことになった。
あの舞踏会での王家の凶行から2ヶ月が過ぎようとしていた。
王家は南進を開始し、サヴィダン公と戦端が開かれている。
王軍の大将は歴戦の名将、デュフォー将軍。
サヴィダン公は若き武官のトロー将軍や猛将として有名なヴィオン将軍らを率いて指揮を取っているらしい。
王軍2万の兵に対して、サヴィダン公は5千の兵で互角以上の戦いをし、守り切っているとかなんとか伝わってきていた。すごい。
同時に王軍は再び北のシクス侯爵家領にも出兵していた。これは本格的な動きではなく、周辺の村を荒らす程度の動きらしい。
シクス侯も大変だなぁ。
そう、この2ヶ月の間に先代を王に殺されたシクス家とガスティン家はそれぞれパスカル・シクスとティボー・ガスティンが後を継ぎ、侯爵となっていた。
ちなみにこの二家ははちゃめちゃに仲が悪い。100年前からこっち、なにか因縁を抱えているらしい。当時の王の計略によって離間されたとかなんとか。どんな考えがあったんだ、当時の王。
そして、私達はこの動きの間に王都の学園の教授を3人、疎開の名目で伯爵領に招聘することができた。
こちらの学園はまだ計画の段階で、完成までは程遠いが、基礎が叙々にできてきたのはありがたいことだ。
ユーリお兄様は詩を作っていた。いつも通り。
ベルナールお兄様は鍛えていた。いつも通り。
兵達の訓練も進んでいるし、アドリアンの学習も進んでいた。文字をマスターしたら、次になにを教えようか。まぁ、それは本人の希望を聞けばいいことだ。
王都の学園の教授をペドレッティ家が受け入れたということは噂として広がっていて、数名の知識人が庇護を求めてやってきていた。
これは詩人としてのユーリ・ペドレッティのネームバリューも大きいだろう。ユーリお兄様さっすがぁ、と言わざるを得ない。
……あまり目立ちたくはなかったのだけどなぁ。
でも庇護を求める人がいるなら、受け入れるのもノブレス・オブリージュでしょう。貴族だからね !
私はその間、伯爵領の会計を受け持っていた。
やはり数字化すると無駄な場所などがわかりやすい。
ちなみに私が知っている簿記を使っていたらシャルルに目を丸くされた。
これ、もしかしてこの世界、単式簿記しかねぇな? 複式簿記発明されてねぇな?
まぁ、いいんだけど。
アドリアンが興味深そうに私が仕訳した記録を見ていたので、もしかしたら彼はこっちの方向に進むのかもしれない。
興味があるなら教えてあげましょう。
王国各地が乱れ始めようとしている中、私達のペドレッティ伯爵領はまだ平和だった 。
「これはなんと書いてあるんだ?」
「あぁ、これは……」
今日もアドリアンに文字を教えている。彼はずいぶんと覚えが早い……ただ、私への嫌悪感は拭えないらしい。ごめんねぇ。
そのとき、勉強をしている部屋のドアがノックされた。
「入っていいですよ」
「失礼いたします」
一礼してから部屋に入ってきたのは家宰のシャルルだった。
なにやら困惑した表情を浮かべている。
「伯爵閣下がジェルメーヌ様をお呼びでいらっしゃいます。一緒に使者の話を聞いてほしいと」
「使者?」
誰がきたんだろう。
「ガスティン侯爵家からの使者でございます」
……ついに動いたか、ティボー・ガスティン。
この話の舞台になっているのはイタリアによく似た地形の架空の地域です。
男性登場人物のほとんどにはモデルとなっている人物がおり、「そのモデルとなっている人物の所属している、または所属していたチーム」の本拠地が、その登場人物の勢力範囲となります。
モデルとなっているのはあくまで外見と地域だけであり、その人物の能力や適正、チームの規模や本拠地の規模などはまったく関係ないものとします。
☆今回の登場人物のモデル
ジェルメーヌ・ペドレッティ:ヒト科
トロー将軍:ロレンツォ・インシーニェ
ヴィオン将軍:クリスティアン・マッジョ