豊漁
「しまった!」
セリーヌお義姉様がそう言ったときには、もう部屋中が白い煙で……
その煙が消えたときにはギョームの姿は部屋の中にはなかった。
セリーヌお義姉様が庇ってくれたから煙幕の中で私を狙うことができなかったということだと思うんだけど……
私はセリーヌお義姉様を睨む。
「しまった、ですか」
「……」
セリーヌお義姉様は目を逸らした。
「少々わざとらしかったでしょうか」
私はセリーヌお義姉様があんなところで油断するような人ではないと知っている。
なぁーにが「しまった」ですか。棒読みこの上ない。
ギョームはあの状態で完全に逃げ場を失っていた。
窓に近寄ることもできず、ドアの前にはセリーヌお義姉様が仁王立ちだ。
しかし彼は暗殺者として逃げの一手を打ちたかったはずだ。暗殺とはいつかは成功するものだから。命があればいつかは成功するものだから。
いわゆる「死兵」という、死を覚悟して怖いやつではないにせよ、腕一本くらいは失うつもりでかかってこられたら私の命が危なかった可能性がある。
だからセリーヌお義姉様はわざと策にはまったふりをしたのだ。
そして逃げ道を提示したのだ……煙幕があれば窓から逃げられるよ、と。
死地というのは緊張を強いられる場所だ。
だからこそ、死地から逃れたら緊張が多少なりとも解れてしまう。
私は床に落ちたギョームの耳を拾った。
ぐろいなぁ。
でもこんなに役立つアイテムは使わない手はない。あとで学園の魔法学のロタン教授に見てもらうとしよう。それにサリウ氏のところからピアスの片割れも確保しなきゃいけない。手渡した人がすぐに使えるという意味で腕輪とかペンダントとか、そういうものなんだろう。
ピアスではないはずだ。ピアス穴がない人も多いし。
そのとき外から声がした。
「終わったぞー」
ベルナールお兄様、ご苦労様です。
追い込み漁みたいなもんだった。
朝になってロタン教授にお越し願う。それまでの間、ギョームは拘束した上で意識を取り戻しそうになったらベルナールお兄様がその都度意識を刈り取っていた。かわいそう。
「これは……えぇ? これは……?」
ロタン教授は縛られたギョームを見てドン引きしてた。
「この人、魔法使いなんですけど魔法を使えなくする手段ってないでしょうか」
囚われの身のまま遠話の魔法で情報交換されたら厄介だ。
「そう、ですね。まず基本的には魔法を使えなくする方法はありません」
あ、そういうものなんだ?
「例えば、私の体の筋肉を増強する魔法がありますが、これはいつ、どこにいても使うことができます」
ふむ、じゃあ魔法というものは対策ができないということか……厄介だなぁ。
「しかし遠話の魔法に限って言えば使うことができなくさせるのは可能です」
可能なのか! どっちだよ!
「牢屋に入れておしまいなさい」
え、それだけ?
「格子というのは、かなり強い呪いです。格子があるだけで魔法はそこから外には届かないのですよ。例えば自分の筋力を増幅する魔法は、格子に関わらず自分に対してかけるものですから常時使うことができます。しかし格子の中から外にいる人に向けて増幅することはできません。これは遠話の魔法も同じことです」
格子が強い呪いというのは聞いたことがあったけど、ふむ……
「ちなみに牢屋に2人の魔法使いを監禁したとして、同じ牢屋内であれば2人は遠話の魔法が可能です」
多分そんなシチュエーションはないと思うなぁ。
ロタン教授に従ってギョームは牢に入れておく。
まぁ、これでなんとかなったとして、サリウ氏の持っている魔具も……うまいこと回収ができた。というかサリウ氏はようやく意識を取り戻したので、事情を説明して、ギョームにもらったものはないか確認してもらったのだ。
魔具の片割れはあまり高級感のないペンダントだった。
高級感はないけど、便利に使うぞぉー。
この話の舞台になっているのはイタリアによく似た地形の架空の地域です。
男性登場人物のほとんどにはモデルとなっている人物がおり、「そのモデルとなっている人物の所属している、または所属していたチーム」の本拠地が、その登場人物の勢力範囲となります。
モデルとなっているのはあくまで外見と地域だけであり、その人物の能力や適正、チームの規模や本拠地の規模などはまったく関係ないものとします。
☆今回の登場人物のモデル
ジェルメーヌ・ペドレッティ:きつねさん