危難
正直に言おう。
私は目が覚めて、ギョームを確認してからこっち、1秒たりとも命の危険を感じていなかった。
いや、このギョームという人物は殺しに慣れた人物なんだろう。
誰にも気づかれずにこの部屋まで侵入してくる実力と豪胆さも持ち合わせている。
口が軽いのは欠点。私の話に乗せられちゃって時間稼がれたのも欠点。
しかし「殺し慣れている」というだけで脅威でもある。
特に私は身体能力はたいしたことないし、走ったら胸が揺れて痛い。おかげでここ最近全力疾走というものをしたことがない。
いったん侵入さえしてしまえば、私を殺すことなんて笑っちゃうくらい簡単なことなんだろう。
でも……
それでも……私は命の危険をまったく感じなかった。
私は、それくらい、兄と義姉を信じている。
「……っ!」
ギョームが動くと同時にセリーヌお義姉様が上半身をよじり、しかし開いたままの窓に向かう行く手を遮るように剣を振るう。
ギョームは剣を避けるためにさらに隅へと追い込まれた。
「化け物かよ……」
「先ほどのは含み針ですか……勝手にレディの部屋を訪問した挙句、品のない暗器。実力差を弁えずに手向かいしてくるところも含めて行儀が悪いですね」
あ、さっき、上半身よじったのって含み針避けたの?
こんな夜の見えにくい時間帯に?
針みたいなちっちゃーい武器を?
上半身だけの動きで?
化け物かよ。
ギョームに完全同意だわ。
まぁ、あとで床に落ちた針を探すとしましょう。
どうせ針に毒が塗ってあるんだろうし、毒の産地とかそういうのがわかればいいなぁ。
「セリーヌお義姉様、ありがとうございます」
とことこと早足でセリーヌお義姉様の背中に回る。ギョームは私に手を出す余裕はすでにないようだ。
セリーヌお義姉様はガウンのみで、下は裸のようだった。エッチー。
……あっ。
「もしかして、ベルナールお兄様と、その……夫婦のお時間でしたでしょうか」
「……ジェルメーヌさんはお気になさらないでください」
否定されなかった。
ごめんて! 本当にごめんて!
夫婦の時間にお呼び立てして、非常に申し訳ない。
しかし、セリーヌお義姉様はベルナールお兄様と一緒に運動することによってウォーミングアップは万全で……いや、さすがにこれは品がないので忘れてほしい。
「んんっ」
とりあえず空気を入れ替えるために咳払いをしておく。
「最悪捕らえられなくてもいいんですけど、耳を置いてってもらうことは可能でしょうか?」
「耳?」
不思議そうなセリーヌお義姉様。
しかしギョームが動かないところを見ると隙なんてものはまったくないんだろう。私はその辺のことよくわからないけど。
「彼の耳についてるピアスですけど、便利な魔法アイテムらしいので、レディの部屋の見学料として置いてってほしいなーって」
セリーヌお義姉様は一瞬首を傾げた。
「なるほど」
「ぐぬっ!?」
セリーヌお義姉様の剣が一瞬見えなくなったと思ったら、床にギョームの耳が落ちていた。
ぐろ……
自分でお願いしといてなんだけどぐろいわ……
まぁ、ピアスもらう方法なんて他に思いつかないし。
「耳が落ちたのに叫ばなかったのはお見事。ご褒美にあまり痛くないようにしてあげましょう」
ギョームは左耳からどくどくと血を流しながらセリーヌお義姉様を睨み付ける。
「……さすがに一流の武人は違うねぇ。あそこまでの状況で狐面のお嬢ちゃんを殺せないとは思わなかった」
ちらっと一瞬だけ視線を窓にやる。
窓までは数歩の距離だが、ギョームにとっては数キロ単位で遠いのだろう。
「さっきも狐面のお嬢ちゃんに言ったが……暗殺を防ぐ手段はない。今日のところは引いといてやろう!」
ギョームは視線を動かしたことで、私達の視線を誘導し、その間に懐に手を入れた。
「じゃあな!」
「しまった!」
セリーヌお義姉様が叫ぶと同時に白い煙が部屋中を覆った。
この話の舞台になっているのはイタリアによく似た地形の架空の地域です。
男性登場人物のほとんどにはモデルとなっている人物がおり、「そのモデルとなっている人物の所属している、または所属していたチーム」の本拠地が、その登場人物の勢力範囲となります。
モデルとなっているのはあくまで外見と地域だけであり、その人物の能力や適正、チームの規模や本拠地の規模などはまったく関係ないものとします。
☆今回の登場人物のモデル
ジェルメーヌ・ペドレッティ:きつねさん