疑惑
「仮面を脱いでみせようか? セリーヌ嬢には、恐らく顔を覚えていてもらえると思うが……」
笑みを含んだ仮面の言葉に、私は狐面の下で眉を寄せる。
面倒だなぁ。
なにも知らなければ賊を賊として討伐してそのままいられたのに。
「港の領民には死者は出ていない。混乱の中で怪我を負ったものはいるかもしれんがね。守備兵も拘束しただけだから、すぐに全員解放できる。そしてなにより港はすぐに君達に返還しよう」
「そのかわりにパスカル・シクス侯爵閣下への保護を願う、ですか」
ため息が一緒に漏れる。
まぁ、面倒の種はパスカル・シクスに押し付けることができるし、向こうの幕僚は数も質も優れている。仮面の使い道だってきっと考えてくれるだろう。
しかし、仮面は私の言葉に首を振った。
「違うな。私が保護を求めているのはシクス侯爵ではなく、ペドレッティ伯爵家に、だ」
「いやです」
思わず即答してしまった。
やだよ、そんなの。
パスカル・シクスは説明したらわかってくれるかもしれないけど、王弟なんて使い方によっちゃいくらでも混乱を引き出すことができる。
私がパスカル・シクスの幕僚だとすれば、シクス侯爵勢力内部のパワーバランスを崩すような存在は狡兎が死んだあとでじっくりぐつぐつ煮込むわ。
私は皇帝劉邦に討伐されたくありません。
「おや、そうかね? 私をうまく使いこなせば、次代の王になれる可能性もあると思うがね」
「そのために領民が苦しむのなら真っ平です。パスカル・シクス閣下は少なくとも今までのところは王の器にふさわしいことを示していらっしゃいますから、私は彼を王位につけることで安寧を図ろうとしています。もしあなたがさらなる混乱を招こうとするのなら、ここで処断しておいたほうがいいのかしら?」
私の言葉にシルリアが腰の後ろに手をやった。暗器でも隠しているのかもしれない。
それに対応するようにセリーヌお義姉様が私を守る位置に体を寄せてきた。いい匂いがする。セリーヌお義姉様めっちゃいい匂いがする。
緊張が高まってきた。
やがて……
「やめなさい、シルリア」
仮面の言葉でシルリアが再び笑みを浮かべ、仮面は……いや、笑顔かなんかわからんな。仮面だし。
「すまないね。君を試させてもらった……先にも言ったように私も私なりに苦労した立場でね。私を使って台風の目になろうとする連中にこの身を預けるわけにはいかないのだ。なにせ、私も君と志を同じく、苦しむ領民は見たくないものでね」
あー、そっかぁ! 仮面も苦労してるもんねぇ!
自分の身の処し方を考えなきゃいけない立場なのはつらいよねぇ!
下手な人に使われたら戦乱が長引いて、大好きな領民が苦労するもんねぇ!
戦乱は早くおさめなきゃいけないもんねぇ!
……ほんとぉ?
1ミリも信用できなかった。
別に「試されたことが不愉快」とか、そういうわけじゃない。
港の領民を傷つけなかったというのなら、ある程度は領民に対する思いを持っているのは本当のことだろう。
守備兵も拘束だけしかしてないというのなら、現時点では私達に取り入りたいというのも本当だろう。
じゃあなぜ最初の時点でサンディ・アンツの保護を求めた。
サンディ・アンツには自分の身分は明かさなかったという。それは確かかもしれない。サンディ・アンツに王弟なんてことがバレたら、やばそうだし。
しかし、そもそもサンディ・アンツのところに行く理由はあったか。
王都周辺の大貴族としても、パスカル・シクスやサヴィダン鉄壁公がいる。少し離れたところにはガスティン侯爵もいる。
それをすべてスルーしてサンディ・アンツを選んだのは仮面本人だ。
わざわざ新興の海賊を選んだ理由がわからない限り、納得はできなかった。
「あぁ、殿下が素晴らしいお考えの方で胸を撫で下ろしました。領民は国の宝でございます。そのためにも早期に混乱を終結させなければなりません」
納得はできなくても、とりあえず受け入れは表明しておこう。このままパスカル・シクスに身柄を預けて……パスカル・シクスと綿密に連絡を取り合っていかなければ。
「胸を、撫で下ろす……?」
仮面が私の胸を見ながら呟いた。ぶち転がすぞ、こいつ。
この話の舞台になっているのはイタリアによく似た地形の架空の地域です。
男性登場人物のほとんどにはモデルとなっている人物がおり、「そのモデルとなっている人物の所属している、または所属していたチーム」の本拠地が、その登場人物の勢力範囲となります。
モデルとなっているのはあくまで外見と地域だけであり、その人物の能力や適正、チームの規模や本拠地の規模などはまったく関係ないものとします。
☆今回の登場人物のモデル
ジェルメーヌ・ペドレッティ:きつねさん