王弟
これは驚いた。
……と、ラピュタのポム爺さんのモノマネをするくらい驚いた。
「あ、そ、そうなのですか?」
私の確認にセリーヌお義姉様も驚いた顔のまま頷く。まぁ、この人はこんなところで嘘をつくような人でもないけど。
「ルッキーニ殿下は王弟ではありましたが、国王とは異母兄弟であり、お母様はもうお亡くなりになった側室の男爵家の令嬢です。決して高い身分の方ではありませんからジェルメーヌさんがご存じなくても仕方ないです」
母親が身分が高くはないとはいえ王族は王族だ。婚約相手にもそれ相応の身分が求められたのだろう。
侯爵家ご令嬢なら十分だといえたのだろうなぁ。
忘れがちだけど、セリーヌお義姉様は侯爵家ご令嬢だし、ベルナールお兄様は伯爵家ご令息だ。
「いえ、殿下が、そんな……今になって、私、困ります……」
セリーヌお義姉様はテンパっていた。いや、別に求婚するために港を占領したとかではないと思うよ。それは向こうさんにとっても想定外じゃないかなぁ、さすがに。
……いや、完全に想定外とも言い切れないか。
クレティアン砦でなにがあったのか、知っている人は少なくても、ベルナールお兄様とセリーヌお義姉様が結婚したのは周知の事実だし、その後、実際にセリーヌお義姉様はペドレッティ伯爵家の武将として行動している。
辺境仲良しクラブの同盟関係も特に隠しているわけではない。
少し調べれば、「ペドレッティ伯爵家のセリーヌ」の名前を出すことで、ペラン子爵領の港を攻めることもノーカンにできるかもしれないという計算が働いた可能性はある。
「ちなみに、仮面をつけている人の中身を声で判別することはできますか?」
「えっ? 当たり前じゃない。可愛い義妹なんですもの」
ありがとうございます!
だけど私じゃないんだ、ここは!
「……港を制圧した、さっきのわざとらしい女の上司が仮面をつけているんですよ。で、その中身が王弟殿下の可能性が、と」
セリーヌお義姉様は眉を寄せた。
「あの舞踏会の夜にお顔に怪我をされたのかしら……? それとも素性を隠すため? ……どちらかはわからないけど、多分お声を聞けば本人かどうかはわかると思うわ」
ルイーズ殿下ちゃんに頼まなくても、こんなところで真偽判定ができるとは思わなかった。
「まぁ、思い出です、思い出。それに……殿下は武勇に優れているとは言い難い方でしたし」
当たり前です。セリーヌお義姉様クラスがごろごろしてたら、その国、どうかと思うわ。
その日の夕方、再びシルリアがやってきた。
仮面の男を連れて。
「……本当に仮面なんですね」
「それはこちらのセリフなのだけどね」
「仮面」は本当に仮面だった。
材質はなんだろうか。なにかつるっとした感じの白い仮面に目と口の穴が丸く3つだけ開けられている。
子供の落書きのような仮面だった。
「用件は、このシルリアからも話したと思うが……」
仮面はくくっと、仮面の下で笑いを漏らしたようだった。
「いずれお目にかかるにせよ、今、セリーヌ殿がこちらにこられるとは思わなかった」
その言葉を聞いて、セリーヌお義姉様は「あぁ」と声を漏らした。
「ご本人ですか?」
「ご本人みたいですね」
あぁー、本人だったかー……
「お顔に怪我でもなさったのですか? それで仮面を?」
セリーヌお義姉様の問いかけに仮面は肩をすくめる。
「いや……怪我を負ったわけではないけどね。ただ王都から脱出するにあたって、これでも私なりに苦労したものさ。なんせ、王族だと知った途端に利用しようとする有象無象が群がってくる。面倒になって身分を隠していたんだ。このことはサンディ・アンツでさえ知らないのに……ジェルメーヌ殿がどこで知ったのかは興味があるね」
「残念ながらお答えするつもりはありません……などと申し上げたら、そこの方が怖い顔で睨みつけてくるんですよ。なんとかしていただけませんか? 私は小心者なので、睨まれるとすぐに怖がっちゃうんです」
仮面は、仮面の下で苦笑したようで、小声で「シルリア」と嗜めた。
「まぁ、ここに至っては隠す意味も薄いだろう。自己紹介をしておこうか。私はルッキーニ。国王の弟であり、国王を断罪するものである」
……あぁ、面倒なことになってきた。
この話の舞台になっているのはイタリアによく似た地形の架空の地域です。
男性登場人物のほとんどにはモデルとなっている人物がおり、「そのモデルとなっている人物の所属している、または所属していたチーム」の本拠地が、その登場人物の勢力範囲となります。
モデルとなっているのはあくまで外見と地域だけであり、その人物の能力や適正、チームの規模や本拠地の規模などはまったく関係ないものとします。
☆今回の登場人物のモデル
ジェルメーヌ・ペドレッティ:きつねさん