神託
「静か、ですね」
部屋から外に出たルイーズ殿下ちゃんの言葉にどきっとする。
ルイーズ殿下ちゃんは一旦商家の娘さんっぽい服に着替えてもらった。
私とセリーヌお義姉様で着替えをお手伝いしてそのまま、脱出である。
静か……
うーん、そりゃ人がほとんどいなくなってしまわれた塔は静かだよね。でもそれを本人に伝えたところでトラウマにしかならないし……
「きっと皆さん、実家のお祖母様がご危篤で欠勤なさったのではないでしょうか」
「えい」
セリーヌお義姉様がいらんことを言ったので顔を平手でぺちっとも叩いておく。そんな理由が統一されるわけあるか。
「なるほど。確かに旦那様がおっしゃっていたように、確かにジェルメーヌさんのここに肉球があればと思ってしまいますね。大変惜しいです」
ねーわ! と言おうとして……
「ひゃんっ」
変な声をあげてしまった。セリーヌお義姉様の顔に押し付けたままの手を舐められた。
「……セリーヌお義姉様、なんで舐めました?」
「えっ? ……なんとなく」
なんとなくで舐めるなよぉー。っていうかベルナールお兄様のほうに舐められなくてよかったよ、本当に。いや、どっちもよくないけど。
「ジェルメーヌ様とセリーヌ様は仲がよろしいのですね」
ルイーズ殿下ちゃんは儚げに笑いながら言ってくれる。まぁ、仲がいいのは確かだし、自慢の義姉でもあるが、でもなぁー……セリーヌお義姉様のこと、大好きだけどぶち転がすぞ。
……まぁ、ルイーズ殿下ちゃんが多少でもリラックスできたならいいか。
「シスク侯爵に仕えております、ジャン・ヤヒアと申します。ルイーズ王女殿下が虜囚となっておられた今までの情勢につきましては、このあとご説明いたします。まずは急ぎ、塔から脱出させていただきたいのですがよろしいでしょうか」
ジャンさんが跪いてルイーズ殿下ちゃんを促した。ちなみにベルナールお兄様とエモン団長は立ったまま、辺りを警戒していた……警戒するような人、残ってるぅ?
「ジャン・ヤヒア様ですね。わかりました。指示に従います……よろしくお願いいたします」
ジャンさんが立ち上がり……ルイーズ殿下ちゃんが少し息を呑んだ。
……血生臭かったかなぁ? それともみんなの返り血が残ってたのかなぁ? どちらにしてもルイーズ殿下ちゃんの情操教育にはあまりよろしくはない。
「本当に静か……」
空っぽの塔の中を歩くルイーズ殿下ちゃんの声が響く。
まぁね。そういうこともあるね。
「うーん?」
ベルナールお兄様が、その言葉が腑に落ちないというように首を捻った。
「どうしました?」
ルイーズ殿下ちゃんを心配させないように小声でベルナールお兄様に尋ねる。
「わからん。わからんが……嫌な予感がする」
ベルナールお兄様の言葉に顔をしかめる。
一般人の勘じゃない。いくさ人の勘だ。
ベルナールお兄様の勘に逆らうように一階までスムーズに到着した。
ん、眉間のあたりがぴりっと……
「あ、ちょっと待ってください。多分遠話の魔法です」
これは……聖女からかな?
「いえーい! 聖女のありがたい神託だよぉー!」
開幕うるさい。まぁ、想像通り聖女からだった。
「ジェっちゃん聞こえるー?」
聞こえる。聞こえるけどこっちから喋る内容は向こうに伝わらないんだ。
「なんかねー、災厄が導きの塔に向かうのを感じたからー。よろしくねー」
よろしくしたくない。軽いノリで災厄言われても困る。
遠話の魔法が切断された……言いたいことだけ言ってったなぁ。
「どうした?」
「なんか……災厄がこの塔に近付いてるらしいです」
ベルナールお兄様の問いかけに答えると、ベルナールお兄様はようやくわかったような顔をした。
「なるほど。災厄か」
長巻を握りしめ、一歩前へ出る。
「旦那様?」
「お前らは前に出るな。俺に任せろ」
不安そうなセリーヌお義姉様の方を向くことなく、塔の入り口の方を見つめる。
「災厄とは、僕のことだろうか」
「恐らくな」
入り口からゆっくりと塔に入ってきた人物の顔を、私は一度だけ見たことがあった。
ギー・ドゥトゥルエル。
国王の親衛隊長。
その武力は99……国内ではベルナールお兄様に次ぐ第2位である。
この話の舞台になっているのはイタリアによく似た地形の架空の地域です。
男性登場人物のほとんどにはモデルとなっている人物がおり、「そのモデルとなっている人物の所属している、または所属していたチーム」の本拠地が、その登場人物の勢力範囲となります。
モデルとなっているのはあくまで外見と地域だけであり、その人物の能力や適正、チームの規模や本拠地の規模などはまったく関係ないものとします。
☆今回の登場人物のモデル
ジェルメーヌ・ペドレッティ:きつねさん