接吻
さて……
ゆっくりとジャンさんの方を向く。
「子爵、そろそろジュリアンをおろしていただけますか」
部屋の中をどたどたと駆けずり回っていたジャンさんが不思議そうにこちらを向く。いやー、これだけお馬さんを乗り回してたらジュリアン、将来はG1ジョッキーか騎兵隊の隊長さんか、どっちかだわー。
「なぜだね?」
「お兄様、聖女猊下の御前ですよ。さすがに四つん這いになったままでは……」
アメリーお義姉様が突っ込む。
「いや、そういうんじゃなくて、私もそろそろジュリアンをぎゅーってしたくなりました」
「うん、だったら仕方がないな」
順番だ、順番。ジャンさんの背中にまたがったジュリアンを抱き抱える。アメリーお義姉様が「えー?」みたいな顔をしていた。どうしたんだろう。
「うん」
ジャンさんが立ち上がってから一度頷いて「膝がいたぁい」といってしゃがみ込んだ。
「あ、ジェっちゃん、ちょっとその子の顔見せてー?」
「はい?」
抱きしめながら角度をつけて聖女の方向にジュリアンを向ける。
「名前は、ジュリアンちゃんでいいのかな?」
聖女はにこにことジュリアンを見つめた。
「ジュリアンちゃんに、いーっぱい、素敵なことが起こりますよーに!」
そう言って、聖女はジュリアンにキスをしたのだ。
唇に。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!? なにやってるんですか、あなたはぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
大声を出したらジュリアンが泣いてしまった。あー、ごめんごめんごめんねジュリアン。大声を出したおばちゃんが悪かった。
でも許せない。ジュリアンへのキスなんて、私もおでこと頰にしかしたことがないのに! 唇! よりにもよって唇!
「あー……」
アメリーお義姉様が私の腕の中のジュリアンを連れて行ってしまった……
あー、ジュリアンがぁー……
「ねぇ、エモンちゃん」
「なんですか?」
ちょっと引いた様子の聖女が、傍のエモン団長に声をかける。
「聖女様の授けた祝福で、これだけ嫌がられたのはじめてだよー」
エモン団長は静かに答える。
「それはそうですよ。ジュリアン君は男の子でしょう? ファーストキスが聖女なんて、これから大人になって性癖が歪んだらどうするんですか。もしうちの子に同じことをしたらぶん殴りますよ」
歪むの!? あ、聖女も大概美人だしね! ジュリアンのほうが可愛いけどね! っていうか、エモン団長、お子さんいらっしゃるのね。
「去年、2人目が生まれました」
あらー、可愛いでしょうねー。
「とりま、ジェっちゃんの仮面にきゃっきゃするほうがせーへき歪むと思うよ」
なんてことを言うんだ、この聖女。
アメリーお義姉様が「真面目にやってください!」と、なぜか怒り出して、ジュリアンをつれて部屋から出て行ってしまった。
ずっと真面目だったのに。解せない。
「ジェっちゃんってジュリアンちゃんが絡むとバカになっちゃうねー」
聖女がにこにことケンカを売ってきた。買うぞ? 買うぞぉ? ぶち転がすぞ、この聖女。
「……ちなみにジュリアンはユーリお兄様の息子ですよ」
「あっ、そーなんだぁ! じゃあ彼が大人になるころには平和な世の中にしてないといけないねー」
そりゃそうだ。
「塔の中では俺が前衛、エモンとジャンが両脇を固め、セリーヌが後方警戒をする。お前が中央だ。万が一があったらセリーヌに連れられて逃げろ」
「インペリアルクロスの陣形ですね?」
後ろが安全というわけじゃないけど。
「インペリアル?」
確かにちっとも「インペリアル」ではなかった。
「あーしはなにしたらいいの?」
「聖女は近隣に潜んで塔の外からの動きがあったら遠話の魔法を飛ばしてほしい。うちのアルノーという兵を護衛につけておく」
聖女が頷く。
まぁ、正直なところ私も聖女も非戦闘員だし、守る対象は少ないほうがいい。帰り道にはルイーズ殿下ちゃんも守る対象に加わるわけだし。
こうして作戦決行のために、私達は導きの塔に向けて出発した。
この話の舞台になっているのはイタリアによく似た地形の架空の地域です。
男性登場人物のほとんどにはモデルとなっている人物がおり、「そのモデルとなっている人物の所属している、または所属していたチーム」の本拠地が、その登場人物の勢力範囲となります。
モデルとなっているのはあくまで外見と地域だけであり、その人物の能力や適正、チームの規模や本拠地の規模などはまったく関係ないものとします。
☆今回の登場人物のモデル
ジェルメーヌ・ペドレッティ:きつねさん