野心
「セリちゃんはさぁー、ティボー・ガスティン侯爵ちゃんの妹ちゃんだったよねー?」
「うぇーい」
聖女の質問にセリーヌお義姉様は頷いた。「うぇーい」は別に肯定の返事じゃないからね?
「多分、先代大司教の息子はガスティン侯爵ちゃんの領地にいると思うんだけどさぁー、どことか聞いたことってなぁい?」
……あぁ、昨日、私が例え話をしたやつか。
先代大司教の息子のフランク・ケルシア氏が、「新たなジェルミ教」とか騒ぎ出したら面倒なことになる。しかも破門したガスティン侯爵と一緒に、だ。
セリーヌお義姉様は聖女の言葉に、しばらく沈黙した。なにかを思い出そうとしているのかもしれない。
やがて、私の方を振り向く。
「ジェルメーヌさんの、あの作り話の『破門された領主』って、ガスティン侯爵家のことだったんですか?」
……あっ、気づいておられませんでしたか。あっ、いえ、そうですね。私も作り話って言いましたもんね。そうですよね。
「北部の街で子供達に文字を教えている、街の教師が……うちの兄が追放された大司教の息子だと教えてくれました」
「北部の街ね! おっけー!」
聖女はにっこり笑って指を鳴らそうとしたが、指は鳴らなかった。指パッチン下手らしい。鳴らなかった指パッチンで合図を送られたエモン団長は頷いていたけど。
「……一度会ったことがあるけど、そこまでの野心家には見えなかったわ」
まぁ、野心剥き出しにするだけが野心家じゃないからねぇ。
「侯爵の認識が『追放された大司教の息子』ということは、大司教本人はやっぱりもう亡くなってるってことでしょうか?」
「詳しくは聞いてないけど……うちの兄に聞いてみる?」
いや、セリーヌお義姉様がわざわざ、こんな状況下でティボー・ガスティン侯爵に質問したら「なにかあるんだなー」って思われちゃうわ。
「……そんなに悪い人には思えなかったけど」
セリーヌお義姉様が首を傾げていた。
「聖女様、少しよろしいでしょうか」
今までずっと俯いていた人が……アメリーお義姉様が顔を上げた。
「あなたはだぁれ?」
「アメリー・ペドレッティと申します。ユーリ・ペドレッティの妻でございます」
アメリーお義姉様の自己紹介に聖女は目を丸くした。
「ゆっ……」
ゆ?
「ユーリっちのお嫁ちゃんー!? マジでー!? うわ、会えて嬉しー! 3150!」
えぇ、そういう反応になるのぉ?
「セリちゃんとジェっちゃんには言ったんだけどさー、あーしさぁ、せーじょきょーいくで詩を勉強したとき、ユーリ沼にハマっちゃったわけ! ユーリっちのお嫁ちゃんってことはアメちゃんもユーリっち推しでしょ!? 同担じゃん!」
どうしよう。言葉の意味が半分もわからない。
「連絡先交換しよ! ねっ? ねっ?」
普通に文通してくれ。
「あ、えっと……ユーリ・ペドレッティをジェルミ教団が利用する、ということなのでしょうか」
いち早く脳のバグから立ち直ったアメリーお義姉様の質問に聖女は笑いながら手を振る。
「そーじゃなくってさ。あーしは立場上、発言に政治的な意味をつけられがちだけど、ユーリっちの詩はそんなものに関係なく尊いからー! ただ単に、あーし自身がユーリっちのこと好きなだけよん」
聖女の言葉にアメリーお義姉様が「はぁ」と呟いてから、私の方を見た。翻訳必要? 私も完全翻訳は無理だけど。
「ところでジェっちゃん、さっきからあんま喋んないけどどったの? 悩み? 聞こうか?」
聖女が悩み聞くとか、金を取れそうなことを軽率に言わないでほしい。
「……いえ、悩みじゃなくて、前からずっと思ってたことが計画に移せるんじゃないか、って、そう思いまして」
聖女に顔を向ける。仮面のままだけど。
「メンディ大司教ってずっと国王の側近だったわけですから、かなり深い事情まで知ってると考えていいですよね?」
「そだねー」
聖女が頷く。
「軍神がいて、戦乙女がいて、神聖騎士団団長がいます。『少数精鋭』を組織しようとしたら、かなり恵まれた環境ですよね?」
「……」
エモン団長が「え、俺も?」みたいな顔をした。素直に巻き込まれてほしい。
「じゃあルイーズ殿下救出も、そろそろ考えていい時期じゃないでしょうか」
この話の舞台になっているのはイタリアによく似た地形の架空の地域です。
男性登場人物のほとんどにはモデルとなっている人物がおり、「そのモデルとなっている人物の所属している、または所属していたチーム」の本拠地が、その登場人物の勢力範囲となります。
モデルとなっているのはあくまで外見と地域だけであり、その人物の能力や適正、チームの規模や本拠地の規模などはまったく関係ないものとします。
☆今回の登場人物のモデル
ジェルメーヌ・ペドレッティ:きつねさん