怨讐
私は、そこからしばらくの間、記憶がないのだ。
ふっと意識を取り戻したらすごいカオスなことになっていた。
無表情で立っているベルナールお兄様。
なに言ってるかわからないくらい、ぐちゃぐちゃに泣きじゃくっているセリーヌお義姉様。
そして私。
その目の前には全身を縄で縛られているニコラがいた。
これを総合して考えるに……
「ブチ切れたベルナールお兄様が武力100パンチで一瞬で壊滅させた……?」
「ブチ切れ度はお前も大概だったけどな」
無表情! ベルナールお兄様無表情! ……まぁ、ここで愛想を振りまく意味もないけど。
「……セリーヌお義姉様は、どうされたんです?」
「緊張の糸が切れたんだろう」
切れたのが蜘蛛の糸じゃなくてよかったね。これでカンダタさんもまだ助かる可能性があることでしょう。
話を聞いてみるとちょうどタイミングの悪いことに亜人の襲来があり、その土地の守備兵だけで対応できない程度の数だったため、セリーヌお義姉様が兵を率いて討伐に出ていたところだったらしい。
スターベクはシクス侯爵家領と近接した街で、どちらにしてもシクス侯爵家領になにかあったときに援軍をすぐに送ることができるようにある程度の兵を駐屯させていたそうだ。しかしセリーヌお義姉様が亜人討伐に出ることになり、ユーリお兄様が代理で指揮を一時的にとっていたところだったらしい。
「私がっ……私が、もっと早く亜人討伐からっ……かっ、帰っていれば……申し訳ありません、旦那様! ユーリ様は私にもとてもよくしてくださったというのに……私っ、私がっ……!」
セリーヌお義姉様は美人さんの顔を涙でぐちゃぐちゃにして、ただ、私達に謝っていた。
ユーリお兄様が命をかけて撤退指揮をとったことで領民への被害はほとんど出なかったらしい。
ユーリお兄様は、やっぱりユーリお兄様だった。
ベルナールお兄様は一度だけセリーヌお義姉様を抱きしめてから……
「さて……」
表情をまったく変えずに顔の向きを変えた。
「お、俺は侯爵家の人間だぞ! 俺に手を出していいと思っているのか!?」
ニコラがなにか言っていた。
ベルナールお兄様が口を開こうとしたので、とりあえずベルナールお兄様の口に手を当てて喋らないでもらう。
「ベルナールお兄様、小者と会話をしたら小者が感染っちゃいますよ。小者は病気です。治りません」
「あぁ、そうだった。お前の兄が小者になってしまったら困るものな」
ベルナールお兄様の体から熱が吹き上がったような感覚があり、ニコラが「ひっ」と短く悲鳴を漏らした。
「そ、そそそそ、そうだ! ペドレッティ家の精強な兵士と俺が組めば天下も狙えるぞ! どうだ!? 君らはこの国の北半分を、俺は南半分を分けないか!? いや、俺が君らの部下になるのでも構わないぞ! 君が国王となり、俺が宰相になろう! 宰相としてのニコラ・シクスはかなりやるほうだぞ! それに……」
「黙れ」
ベルナールお兄様は剣に手をかけた。
私はそれを見て、無言でその上に手を重ねる。
「……ジェルメーヌ、手を離せ。このままでは斬れんだろう」
「そ、そうだ! いいぞ、ジェルメーヌ嬢! 俺を助けてくれたら君も女王にしてやろう! なっ!?」
小者がなにか大はしゃぎだったが、なにを言っているかわからなかったのでベルナールお兄様と視線を合わせる。
「斬ってはいけません」
「なぜだ? 復讐はなにも生まないとか言うんじゃないだろうな?」
呆れたようにベルナールお兄様が言う。
私はさらに呆れたように答えた。
「なにを言ってるんですか。復讐はとても気持ちいいに決まってるじゃないですか。私達の大好きなユーリお兄様の復讐をしない理由がありません」
「では離せ」
ベルナールお兄様が剣を握る手に力を入れる。
でも、ここは私も引くことはできないのだ。
「ダメですって。復讐をするのなら、まずアメリーお義姉様に確認しないと。アメリーお義姉様の許可なく、この小者の爪一本すらケガをさせることは私が許しません」
私の言葉にベルナールお兄様は憑き物が落ちたような顔をした。
「確かにそうだな」
「でしょ?」
この話の舞台になっているのはイタリアによく似た地形の架空の地域です。
男性登場人物のほとんどにはモデルとなっている人物がおり、「そのモデルとなっている人物の所属している、または所属していたチーム」の本拠地が、その登場人物の勢力範囲となります。
モデルとなっているのはあくまで外見と地域だけであり、その人物の能力や適正、チームの規模や本拠地の規模などはまったく関係ないものとします。
☆今回の登場人物のモデル
ジェルメーヌ・ペドレッティ:ヒト科